「美しき輝き」

 

原題:「顔について」About Face

ドイツ語題:「美しき輝き」Schöner Schein

2010

 

  

 

<はじめに>

 

コミッサリオ・ブルネッティ・シリーズもこれで十八作目。いつもながら、ブルネッティと妻のパオラが「理想の夫婦」を演じてくれる。自らと妻を顧みつつ、

「こんな夫婦って本当にあるの?」

と考えてしまう。今回は産業廃棄物処理にまつわる犯罪がテーマかと思ったが、実はそうでもなかった。

 

<ストーリー>

 

 冬のヴェニス。ブルネッティと妻のパオラは、パオラの両親の主催する夕食会へと向かう。二人の前を、背の低い中年男と、背の高い金髪の若い女性のカップルが歩いている。ブルネッティは、彼等に見覚えがあるように感じるが、思い出せない。パオラの両親の屋敷に着いたブルネッティ夫婦は、両親の友人であるという夫婦を紹介される。それは先ほど街で見かけた男女であった。かなり年配の夫、マウリツィオ・カタルドと、二十歳以上年下と思われる妻のフランカ・マリネロ、妻の顔には大きな傷跡があり、顔の下半分は無表情に垂れ下がっていた。

 夕食の席で、ブルネッティはフランカの隣に座ることになる。ブルネッティはローマ時代の古典を読むのが好きだが、同じ趣味を持った人間が周りにいないことを常々物足りなく感じていた。彼はフランカも古典を読んでおり、彼が現在読んでいるキケロに、特に傾倒していることを知る。ふたりは意気投合して、その夜、自分達の読んだ本について語る。同じ夕食の席で、フランカの夫カタルドは、パオラの父に熱心に何かを勧めている。

 翌日、ブルネッティは、職場で義父からの電話を受ける。義父はブルネッティに、カタルドとフランカに対するブルネッティの印象を尋ねる。カタルドは昨夜、自分のパートナーとなり、中国へ投資することを、義父に熱心に勧めていたという。義父はカタルド夫妻が信用に足る人物かを、ブルネッティにも確認したかったというわけだ。ブルネッティは少なくとも妻は信用に足る人物だと答える。父は、カタルドが永年連れ添った妻と別れて、フランカと結婚したこと、フランカが美容整形に失敗してあのような顔になったという噂を、ブルネッティに伝える。ブルネッティは署長の秘書エレットラに、カタルドについて調査をしてくれるように頼む。

 ブルネッティは、署長のパッタに呼ばれる。そこで、カラビニエリ(国家治安警察)のグアリーノを紹介される。(イタリアには「国家警察・ポリツィア」とは別に、もう一つの警察組織「カラビニエリ」がある。)グアリーノはヴェニス空港の近くの運送業者の不正経理を調査しているうちに、その運送業者が何者かに頼まれて不法な産業廃棄物を運搬していることを発見していた。その運送業者の社長、ランザートを起訴しないことを条件に、グアリーノは彼の協力と証言を得て、廃棄物の運送を依頼した人物に迫っていた。しかし、その依頼主がヴェニスのサン・マクオラに住んでいるということを発見した直後、ランザートは何者かに殺される。そして、ヴェニスに住む依頼主を捜すために、カラビニエリはヴェニスの警察(ポリツィア)に協力を求めてきたのだった。ブルネッティは、グアリーノを信頼の置ける人物であると判断し、協力を約束する。しかし、グアリーノを信用はしたものの、ブルネッティは彼が何かを隠している、手の内を完全に明かしてないという印象を受ける。

 翌日、グアリーノは、殺されたランザートに荷物の運送を依頼した人物の写真を手に入れたと連絡してくる。その写真は、用心のために、妻パオラのメールアドレスに送られてきた。ブルネッティは、写真の男が住んでいるというサン・マクオラの近くにカジノがあることを思い出だす。その夜、彼は妻のパオラを伴ってカジノに出かける。そこで支配人のヴァスコに写真を見せる。ヴァスコはその男に見覚えがあるという。カジノには、その男が登録をした際のパスポートのコピーが残されていた。ブルネッティはその男が、アントニオ・テラッシーニという名前であることを知る。翌日、ブルネッティはエレットラに、テラッシーニについての調査を頼む。

 その朝、ブルネッティに女性の訪問客があった。カタルドの妻のフランカであった。彼女は夫のコンピューターが最近ハッキングを受け、夫の資産の内容が外部に漏れたことを継げる。誰かが裕福な夫を誘拐するのではないかという危惧で、ブルネッティに相談しにきたと彼女は言う。ブルネッティは、

「コンピューターに入って調査して行ったのはきっと税務署ですよ。」

と彼女をなだめる。フランカは夫が正直者であることを強調する。ブルネッティは、彼女が些細なことに過剰反応を示すことを不思議に思う。

 数日後、ブルネッティがコーヒーから戻ると、署長のパッタが急いで会いたがっているという書置きがある。パッタの部屋で、ブルネッティは、数日前に自分たちを訪れたグアリーノが殺されたことを知る。ブルネッティは同じ警視のグリフォーニと一緒に現場へ急行する。そこはヴェニスの対岸の工業地帯マルゲーラにある、化学工場の敷地であった。グアリーノは頭を撃たれて死亡していた。カラビニエリの隊長は、この事件はカラビニエリで処理をするので、警察(ポリツィア)は手を出さなくてよいと言う。ブルネッティは、グアリーノの追っていたものが、秘密に包まれているという感を、更に強くする。

 その夜、ブルネッティは新しく絵を買いたいという義父に付き合って画廊へ行く。その場で義父はカタルドのビジネスについて調査した結果をブルネッティに伝える。カタルドは、放射性廃棄物や化学廃棄物の処理で財産をなしていた。彼は、それらの廃棄物を「処理」するということで引き受け、実はそれを船でソマリアなどに送っていた。もちろん、ソマリアではその廃棄物は、放置されるのであるが。しかし、今回彼のチャーターした船はアフリカに近付くことが出来ず、進行方向を変えてアジアに向かっていた。中国にその廃棄物を受け入れさせようとしたが、それもままならず、港に入れない船のチャーター料が嵩んで、経済的に窮地に陥っているという話であった。それで、カタルドは義父に出資を求めたのであった。

 また義父は、彼の妻フランカが孤独に悩んでいると推理する。異常なまでに本を読んでいるのは、その孤独を紛らわせるためだと義父は言う。また、フランカには別に愛人がいるという噂を、義父はブルネッティに語る。

 テラッシーニと名乗る男に関するエレットラの調査結果が入る。「アントニオ・テラッシーニ」、前科のある男で、伯父が運送業をやっており、カタルドと関係のあること。また、このアントニオこそ、フランカの不倫の相手として噂に上っている人物だという。

 ブルネッティは、殺されたグアリーノが、自分の優秀な同僚の女性「ランディ」について語っていたことを思い出す。そして、エレットラにその女性の正体を突き止めるように依頼する。ブルネッティは、内務省の産業廃棄物管理課で働いていることが分かったギルダ・ランディに連絡を取り、彼女と会う。ギルダは、グアリーノの愛人でもあった。彼女は、カラビニエリの追跡する不法な産業廃棄物の分析を引き受けていた。彼女は、グアリーノが殺され、倒れていた場所の泥から、高濃度の重金属が発見されたことを告げる。ブルネッティは、グアリーノが殺されていた化学工場の敷地のどこかに、不法な廃棄物が貯蔵されているという確証を深める。

 ブルネッティの携帯電話に、カジノの支配人から電話が入る。テラッシーニがカジノに現れたという。今回は女連れで。そして、支配人の語る同伴の女性の容貌は、まさにフランカのものであった・・・

 

<感想など>

 

 レオンのブルネッティ・シリーズでは、毎回その時々の社会問題、社会犯罪が取り上げられる。今回は、産業廃棄物に関する犯罪が取り上げられると思った。確かに、それもあるのだが、物語の後半にその色が薄れてしまい、フランカ・マリネロの「顔」がテーマになり始める。その辺りの転換に、戸惑いを覚えながら読んだ。

 相変わらず、レオンはブルネッティの家庭を丁寧に描いている。彼と妻の関係、彼と子供達の関係、彼と義父母に対する関係など。レオンの描く、ブルネッティと妻のパオラの関係は、先にも書いたが、

「現実にこんな夫婦が存在するの?」

と疑いたくなるほど、理想的な夫婦像を描いている。パオラは聡明で、時には、ブルネッティ以上の洞察力、推理力をもって、夫に賢い助言を与える。例えば、グアリーノの追っていた男の住む場所がカジノの近くなので、カジノで張り込むことを提案したのもパオラであるし、男ひとりよりも女連れの方が警戒されないからという理由で、同伴を申し出たのもパオラである。シリーズの回数を重ねることに、この夫婦か「神格化」していく傾向が強まっていくように思える。

 ナポリのゴミ問題ということが何度も話題に上る。ナポリ市近郊に計画されたゴミ処理場を巡り、反対する住民と市の間の対立からゴミの収集が停止され、町中がゴミだらけになり、ゴキブリの大発生等の事態になった事件を指す。また、「エコ・マフィア」という言葉も出てくる。今や一大産業となったエコロジーを食い物にし、私腹を肥やそうとする輩である。イタリアのマフィアは、儲かるものは何でも利用すると言うことか。

 ところで、マフィアを、戦後共産主義に対抗するために米国が黙認した時期があるとのこと。その間にマフィアは勢力を盛り返し、もはや手の付けられない組織になったという。ある害獣を駆逐するために導入された動物が、繁殖しすぎて手が付けられなくなり、元の害獣以上に困った存在になるという喩えでそれが語られている。

 何度もゴミが話題になるストーリーの展開の中で語られる、「雪のヴェニス」の情景は美しい。ヴェニスはそれだけでも非日常的な場所であるのに、そこが雪で覆われ、一段と非日常的になったらどうなるのか。一度雪に覆われたヴェニスを見てみたい。

 「ヴェネチア人にとっての『財産』とは」という件が面白い。彼等にとって「金」だけが財産ではない。同じように大切なものが「人間関係」であるという。ヴェニスという土地柄を端的に表していて面白い。

 

201212月)

 

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