「誠実さと信頼と」

 

原題:「信頼への問いかけ」A Question of Belief

ドイツ語題:「誠実さと信頼と」Auf Treu und Glauben

2011

 

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<はじめに>

 

シリーズも十九作目を迎える。今回の舞台は夏のベニス。猛暑の中で、休暇を返上してのブルネッティとヴィアネロの捜査が始まる。

 

<ストーリー>

 

 八月、ベニスは猛暑に襲われていた。暑さに耐えながら、間もなくやってくる休暇を指折り数えているブルネッティの部屋に、同僚のヴィアネロが入ってくる。ヴィアネロはブルネッティに家族の相談事を始める。彼の伯母が最近星占いに凝っているという。また、最近伯母が頻繁に銀行口座からかなりの金額を下ろし、それを何に使っているかを、家族にも明らかにしていないという。ヴィアネロと家族は、伯母が詐欺師に引っかかって金を巻上げられているのではないかと心配していた。

 冷たいものを飲むためにヴィアネロとバーへ出かけたブルネッティが職場に戻ると、学校時代、同級生であったブルスカが彼を訪れていた。ブルスカは市役所の人事課で働いている。ブルスカは、数通の裁判の書類をブルネッティに見せる。どの書類も、女性裁判長のコルテリーニの担当する公判のものだった。それらの裁判は、「書類の不備」のため、何度も公判の期日が延期されており、中には二年、三年経っても、まだ結審していないものがあった。そして、その公判の為の書類を担当しるのは全て同じ人物、アラルド・フォンターナという裁判所の職員であった。ブルスカは、裁判長と職員が買収され、裁判の一方が有利になるように、裁判を意図的に遅延させているのではないかという疑いを、ブルネッティに伝える。ブルスカによると、裁判長のコルテリーニは、金に貪欲な女性として有名だという。

 ブルスカの去った後、ブルネッティは、この後、どのようにすればよいかを考える。証拠は何もない。そして、相手は司法権を盾に守られた裁判官と裁判所なのである。思案するブルネッティの部屋に、署長パッタの秘書、エレットラがやって来る。彼女はヴィアネロの様子がおかしいという。ブルネッティがヴィアネロの部屋に行くと、彼は伯母と電話をしていた。伯母は、自分の名義になっている店の金を引き出していた。何に使うのかというヴィアネロの問いに対して、伯母は回答を拒否したという。

ヴィアネロは、金の行く先を確かめるために、伯母を尾行したいと言う。ちょうど、見習いの警官のトレーニングを担当していたブルネッティは、若手の警官と、見習いの警官に「訓練」という名目で、ヴィアネロの伯母を尾行させることを思いつく。

 数日後、銀行の支店長からヴィアネロに、伯母が三千ユーロの金を下ろしたという連絡が入る。ヴィアネロからその旨を聞いたブルネッティは、若い二人の警官に、伯母の尾行を命じる。果たして、ヴィアネロの伯母が金を持って行ったのは、ステファノ・ゴリーニという表札の上がったアパートであった。ブルネッティはエレットラに、そのゴリーニなる人物に関する調査を頼む。また、ブルネッティは、裁判所の職員であるフォンターナの身辺調査もエレットラに依頼する。

 翌日エレットラは、ゴリーニの過去を報告する。彼は最初、無資格で心理カウンセラーを名乗り、カウンセリング・クリニックを開業していた。しかし、無資格であることがばれて、そこは閉鎖を余儀なくされる。数年後彼は「移民救済センター」を開き、そこの所長となる。しかし、それは移民に職業を斡旋し、そのピンハネをするだけの組織だった。間もなく、移民からの通報でその実態が明らかになり、センターは閉鎖される。その後、彼はナポリで医者の資格がないのにホメオパシーの医院を開業、それも無資格がばれて、行方をくらませていた。そして彼はベニスに現れた。実際にアパートを借りているのは、エルヴィラ・モンティーニという女性であった。モンティーニは病院の研究室に勤めており、偶然、ブルネッティの友人で検視医であるリザードの部下であった。ゴリーニの銀行口座には、月に数回、まとまった金額の入金があった。ブルネッティは、彼が今、「インターネット星占い」で稼いでいるのではないか、そしてヴィアネロの伯母は彼にカモにされているのではないかと推理する。

 続いてエレットラはフォンターナに関する調査結果をブルネッティに持ってくる。フォンターナは三十五年間、父親の葬式以外には一日も仕事を休まない、真面目一途の人物として知られていた、彼は、独身で、母親と一緒に住んでいる。しかし、ブルネッティは彼の住んでいる場所と、その家賃を知って愕然とする。フォンターナは、ベニスでも有名なパラッツォ(豪邸)の一角を借りていた。そして、彼の払う家賃は、相場の十分の一程度のものであった。そして、そのアパートの持ち主はプンテラという名の実業家であった。何故、フォンターナは只のような家賃で豪邸に住むことができるのであろうか。

 エレットラは、裁判所に自分を「崇拝」する男が働いているので、彼と会って、職員のフォンターナと判事のコルテリーニに関する情報を集めてみるとブルネッティに提案する。翌日、エレットラは、その会合についてブルネッティに報告する。エレットラによると、それは最悪の展開であったという。エレットラが裁判所の近くのカフェでその男と会っているとき、そこに入ってきたのは、何とフォンターナとコルテリーニであった。エレットラの友人は、ふたりをエレットラに紹介する。エレットラはフォンターナがコルテリーニに対して必要以上に卑屈に振舞っていると感じる。また、コルテリーニはエレットラに対して、露骨に警戒心を表したという。

 いよいよ、ブルネッティの休暇の始まる日となり、彼は妻と子供達と一緒に列車で酷暑のベニスを発ち、南チロルの知人の別荘へと向かう。しかし、ブルネッティは目的地に着くことさえできなったか。殺人事件が起きたという同僚のグリフォーニからの知らせが列車の中で入り、ブルネッティは列車を途中下車し、ベニスにとんぼ返りすることになったのだ。クロアチアの海辺で休暇を過ごしていたヴィアネロも、事件のために呼び戻される。

 ベニスに戻ったブルネッティは、殺人現場に急行する。被害者は、ブルネッティが追っていた裁判所の職員、アラルド・フォンターナであった。グリフォーニ、ヴィアネロ、ブルネッティの三人は、殺されたフォンターナの母親の話を聴く。彼女は、息子は他人の恨みを買うような人間ではない、自分は何も知らないし、犯人の見当もつかないと語る。しかし、三人とも、母親が何かを隠しているということを感じ取っていた。

 ブルネッティは、ゴリーニの秘密を探るために、義母にゴリーニとコンタクトを取り、「信心深くてナイーブな年寄り」の役を演じてくれと頼む。義母もそれを引き受ける。

 フォンターナの検死の結果を聞くために、ブルネッティは検死医のリザードを訪れる。フォンターナは庭にあった石のライオンの像で殴り殺されていた。そして、彼の肛門の中には精液があった。もしも、フォンターナが同性愛者であったならば、フォンターナと女性判事のコルテリーニを結びつけるものは何であったのかとブルネッティは考える。またリザードは、ゴリーニと付き合っている部下の女性モンティーニが、かつては有能であったが、最近は生活が荒れ、仕事でもミスを続発させていると述べる。

 エレットラが、コルテリーニが担当し、二年、三年と遅延が出ている裁判の当事者について調べた結果をブルネッティに伝える。フォンターナに格安でアパートを貸していたプンチェッタが、ふたつの裁判での被告であり、裁判の遅延により利益を得ていることを、ブルネッティは知る。

 ブルネッティとヴィアネロは、フォンターナと同じ敷地のアパートに住む住人を改めて訪れ、聞き込みを始める。住人のひとりの銀行支店長の妻は、フォンターナとは付き合いがないと述べる。そして、フォンターナが死んだ夜、夫と散歩に出かけ、真夜中に邸に帰って来たときには、何も変わったことはなかったと述べる。

また、別の家族のブルガリア人のメイドは、フォンターナは好人物であり、自分が非合法な滞在で強制送還させられそうになったとき、弁護士を紹介し、助けてくれたと証言する。しかし、彼女はフォンターナが「男と付き合っている」が故に、他の住人とのいさかいが絶えなかったという。また、フォンターナの母親も、息子以上に皆に嫌われていたことが分かる。

 ブルネッティは、フォンターナがブルガリア人の女性に紹介した弁護士、ペンゾを訪ねてみることにする。ブルネッティとヴィアネロは、裁判所を訪れ、公判の後ペンゾを食事に連れ出す。

 ペンゾはフォンターナが同性愛者であり、それゆえに、隣人や同僚から嫌われていたと述べる。ブルネッティは、ペンゾも同性愛者であることを見抜く。ペンゾもそれを認め、自分とフォンターナが四十年来の同性愛者同士の友人であると語る。しかし、ペンゾは自分が同性愛のパートナーであったことは否定する。いずれにせよ、ペンゾは、フォンターナの秘密を知る人物であった。ペンゾはフォンターナの過去について語る。

 母親とふたり暮らしのフォンターナは、病気勝ちの母親の治療費のために、金に困り、借金に苦しむようになっていた。ふたりはアパートを出なくてはならない事態まで追い込まれる。そのとき、コルテリーニがフォンターナに、

「友人がアパートを持っているが、家賃はいくらでもよいから『行儀の良い、信用のおける人物』に貸したがっている。」

と告げる。フォンターナはその話に乗り、豪邸の一角にあるアパートを格安で借り、彼の母親も、それに満足をする。しかし、その後、フォンターナが用意した裁判の書類が紛失するという事件が頻発しはじめる。それも必ずコルテリーニが裁判長を務める裁判に限り。そして、その結果、一部の裁判で、大幅な遅延が生じ始める。フォンターナはその出来事に悩みながらも、アパートを斡旋してくれたコルテリーニへの恩義と、職員と裁判長という立場から、何も言えない。彼はアパートを出ることも考えるが、母親はそれに反対をする。

 ブルネッティが署に戻ると、署長のパッタが怒っていた。ブルネッティに聞き込みをされた隣人達が苦情の電話をかけてきたというのである。彼等が、皆社会的な地位のある人物なので、パッタはそれをブルネッティにぶつけてきたのだ。パッタはブルネッティに、フォンターナの死を「私生活のもつれ」によるものであると発表せよと命令する。「物取りの犯行」と言うと、観光客の心理への悪影響が心配されという理由であった。

 ブルネッティが部屋に戻ると、殺されたフォンターナの従兄弟いう人物が待っていた。彼は、フォンターナが同性愛者であり、しばしば知らない人間同士の集まるセックスパーティーに出ていたこと。しかし、

「本当に好きな相手と、一緒に寝ることがままならない。」

とこぼしていたことを告げる。そして、従兄弟は、フォンターナの母親が彼の人生をぶち壊した、彼は母親の犠牲になったと述べる。ブルネッティは、フォンターナの「愛人」が誰であるかを探ることが、事件解決の糸口となることを直感する。

 そのとき、ブルネッティの元に、病院から連絡が入る。ひとりの女性職員が、凶器を持って病院の研究室に立て篭もり、暴れているという。ブルネッティとヴィアネロは病院に急行する。暴れていたのは、ゴリーニの愛人である、モンティーニであった。彼女が、病理検査の結果を、勝手に書き換えたことを上司が咎めたところ、彼女は暴れだしたという。手首を切って自殺を図ったモンティーニを、ブルネッティは助け出す。そして、彼女の言葉から、ゴリーニの命令で彼女が検査結果を改ざんしていたことを知る。ゴリーニは、コレステロールや糖尿病に効くという茶を高額で相談者に売り、彼等が病院で検査を受けたとき、あたかも病気が良くなっているように見せかけるため、モンティーニに検査結果を改ざんさせていたのであった。しかし、モンティーニは病室で再び自殺を図り死亡する。これによってブルネッティは唯一の証人を失ってしまう。

 ブルネッティはフォンターナの葬儀に列席する。葬儀の後、彼は、いつも鳴るはずの教会の鐘が、正午の時刻を打たないことに気付く。鐘は、数週間前から故障しているという。ブルネッティは、

「真夜中の鐘の音を聞いて、時間を知った。」

というフォンターナの隣人のひとりの証言を思い浮かべる。その矛盾に気付いたブルネッティは、その証言をした隣人の家へと向かう・・・

 

<感想など>

 

今回も、ふたつの筋が並行して進められる。ひとつは突然星占いに凝りだして、大金を銀行から下ろし、秘密の目的に使い始めたヴィアネロの伯母の話。もうひとつは、ある女性裁判官が担当する裁判が、書類の不備により遅延する話である。そして、裁判の遅延は、その協力者と思われる裁判所の職員が殺され、新たな展開を迎える。

 季節は八月。猛暑の中、ブルネッティとヴィアネロは大汗をかきながら捜査を続ける。シチリア出身のエレットラだけはいつも涼しい顔をしている。ブルネッティとヴィアネロは休暇を返上しての捜査である。警察も鑑識も、多くの職員がバカンスに出かけているため、捜査とっては不都合な時期かと思われるが、不思議にこの時期は犯罪者の方も「お休み」の季節であるらしい。需要と供給のバランスは取れているようである。

 前回もそう思ったが、社会問題を背景にする、大規模なスキャンダルに発展するのではないかと思わせながら、実は事件が意外にこじんまりと、身内の話で終わってしまって、ちょっとがっかりする。またふたつの筋が、お互い絡み合うのかと思うとそうでもない。期待を抱かせながら、

「ええ、こんな結末で終わってしまうの。」

と、ちょっと物足りなさが残ってしまう。

 「水の都・ベニス」、水に囲まれ夏でも涼しい感じがするが、実はそうでもないようだ。ベニスには車はない。水上バスを降りたら歩くしかない。そして、無数の橋がある。太陽の照り返しの中を、何度も橋を上がったり下りたりするのは、結構大変な作業のようである。ヴィアネロもブルネッティも裁判官でさえ、カフェに飛び込み、冷たい水だけなら分かるが、冷やしたワインを朝からがぶ飲みしている。本当に、よくこれで仕事ができるものだと思う。

 どの国でもそうだが、裁判官が賄賂を受け取り、裁判を片一方の都合のよいように導くようになれば、本当に「世も末」である。どの国でもそれはタブーである。しかし、今回、レオンはそのタブーを破り、欲に目がくらんで、公平な裁判をないがしろにする裁判官を登場させている。しかし、今回も、何となく事件が「解決したようなしないような」結末で、裁判官は、何の処罰も受けずに生き延びるということが暗示されている。あまりにも勧善懲悪では面白くないが、毎回「悪者」が罰せられないで生き延びる展開には、かなり欲求不満を感じてしまう。

 これでシリーズのこの時点で出ている十九作を全部読んだことになる。こうなると、「面白い、面白くない」は超越して、とにかく「義務」として読んでいるという感じだ。

 

20131月)

 

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