ドナ・レオン

コミッサリオ・ブルネッティ・シリーズ

 

二〇〇〇年十月十二日と十六日の両日、ドイツのテレビ局ARDで、ブルネッティシリーズが二本ドラマ化された。筆者とドナ・レオンの作品との出会いもそのドラマである。ヴェニスを舞台にしてはいるが、俳優はドイツの俳優が出演しており、ブルネッティを演じたのはヨアヒム・クロール、彼の妻のパオラはバルバラ・アウアーが演じていた。警察署長のパッタがかなり年配の設定となっており、彼の秘書のエレットラは金髪で背が高く、ちょっとイタリア人の設定では無理があるなと思った。しかし、ドラマ化は良くできており、特に映し出されるヴェニスの風景は美しく、背景となる町の雰囲気がよく伝わっていたと思う。

 

第三話。

原題:Dressed for Death 「死に装束

ドイツ語訳:Venezianische Scharade「ヴェネチア風シャレード」

 

 

ヴェニスの夏は暑い。暑いだけではなく湿気がある。湿気があるだけではなく、干潮時には腐った海草の臭いが街にただよう。そのようなどうしようもなく暑い夏の日、ヴェニスの対岸の町メストレの屠殺場の敷地で死体が発見される。赤いドレスを着て、赤い靴を履いているが、死体は男性であった。死体の顔は人相が分からないくらい破壊されていた。

 ブルネッティ警視はこの事件を担当することになる。対岸のメストレは本来彼の管轄外なのであるが、折りしも夏のバカンスのシーズン。メストレの警察署でも他の警視たちが皆休暇を取っており、仕方なく管轄外の彼が担当するはめになったのである。彼自身、休暇を数日後に控えているのであるが。

 死体が女装していたと言うことで、ブルネッティと彼の部下は女装趣味のゲイ、いわゆる「男娼」ではないかと推察し、これまで警察のやっかいになった男娼たち、また女装して街に立つ男たちに被害者の似顔絵を見せ、身元の割り出しを図る。しかし、なかなか身元を確認するに足る情報は得られない。

 彼はそんな男娼たちの一人、クレスポの住いを訪れる。クレスポにはブルネッティの示した似顔絵と被害者の写真を見たこともないと言うが、その際異常な動揺を示す。ところが、その場にヴェニスでは有名な弁護士サントマウロが現れ、ブルネッティのやりかたを非難する。何故男娼を高名な弁護士が顧客にしているのか、ブルネッティは不審に思う。

 しばらくして、死体の身元が判明する。出張に行っている夫が帰って来ないと申し出をしてきた中年の女性により、被害者がある銀行のヴェニス支店長のマスカリであることが分かる。被害者の妻は夫に女装趣味があることを強く否定する。しかし、彼の同僚の一人は、殺されたマスカリが、自分にその趣味があることを告白したことがあるとブルネッティに告げる。

 男娼のクレスポから会いたいと言う連絡を受け、ブルネッティは深夜メストレに出かけるが、約束の時間にクレスポは現れず、帰路ブルネッティの車が何者かに襲われ、ブルネッティの部下の一人ある女性警官が命を落とす。

 部下を失ったブルネッティは絶対に犯人を捕まえる決意を固める。また、被害者が女装していたことは、捜査を誤った方向へ導くために加害者が仕組んだ罠であることに気がつく。

 

 全編を通じて、どうしようもないヴェニスの夏の暑さが強調されている。イタリアの夏、特にヴェニスの夏は、日本の夏に似ているらしい。乾燥した、涼しい夏が一般的なヨーロッパでは、日本以上に耐え難いものなのだろう。人は皆揃って涼しいところへ休暇に出かける。しかし、メストレの警察の例は、極端と言うか、イタリア的と言うか。四人いる警視のうち、ふたりが休暇で、ひとりが産休、ひとりが足を骨折。事件が起こったので、休暇中のふたりを呼び戻そうとすると、ひとりはブラジルにおり、ひとりは行方知れず。私はこれまでヨーロッパで、休暇の季節、相手の会社の担当者が長期休暇を取っており、代わりの担当者もおらず、仕事がさっぱりはかどらない経験を何度もしているが、警察も同じでは困ってしまう。しかし、日本では考えられないことでも、ドイツやイタリアではいかにも有り得そうな、それどころか自然ささえ感じてしまう設定なのである。ブルネッティ自身も休暇を予定していたが、結局妻のパオラと子供たちだけが休暇に出かけることになる。

ブルネッティが被害者の女装を、捜査を混乱させるためのカムフラージュであることを見抜くきっかけも面白い。「おかま」は足の毛を剃るらしい。いくら女装をして、化粧をしていてもドレスの下から毛むくじゃらの足が見えていれば幻滅ということか。死体の足の毛も剃られているのだが、足の剃り跡に幾つも剃刀傷が見受けられる。もし、定期的に毛を剃り、それに慣れている本当の女装趣味者なら、そんな傷を作るはずがないというのが彼の推理である。

 彼の上司パッタは今回、妻がミラノの映画監督の元に走ってしまい、スキャンダルの中心となってしまう。そこで彼の取った行動。相手の映画監督の身元を徹底的に調べ、彼の犯した違法行為を見つけ、逮捕してしまうのである。公私混同もいいところだが、世間で成功した人間は、叩けば多かれ少なかれ埃が出ると言うことがイタリア社会の前提であるらしい。

 前作まではブルネッティは辛抱強く歩き回り、そこで会った人々と粘り強く話をすることにより事件を解決していくが、今回は、新たにコンピューターが武器の一つとして加わる。正確に言うと、コンピューターを自在に操れる女性、パッタの美人秘書であるエレットラを味方につけたことにより、彼の捜査にも少し変化が見えたのではなかろうか。

 そして、今回も、前作と同じように、完全解決の大団円ではないことを付け加えておこう。