ドナ・レオン

コミッサリオ・ブルネッティ・シリーズ

 

 警視ブルネッティシリーズは、ドイツのテレビ局ARDで、二〇〇一年六月現在、二作ドラマ化されている。そのもう一本がこの物語である。

 

第四話。

原題:Death and Judgment 「死と審判

ドイツ語訳:Vendetta「ヴェンデッタ」

 

 

 物語のプロローグ。普段の年より早い初雪が積もったオーストリアとイタリアの国境の峠道で、東ヨーロッパから来たトラックがスリップ、大破する。トラックの荷台に載せられていたのは数人の若い女性。その事故で、運転手ともども積荷の女性たちも即死する。

 その数日後、パドゥアからヴェニスに向かう列車の中で、弁護士のトレヴィザンが何者かに射殺される。彼はヴェニスで主に東欧の国との商売における問題を担当し成功していた。ブルネッティ警視はその殺人事件を担当する。彼は、背景を探るべく、トレヴィザンの自宅に、彼の妻と、彼の義理の兄であり、経営コンサルタントでもあるロットを尋ねるが、何故か彼らのガードは固く、何も情報は得られない。ブルネッティは、トレヴィザンの事務所から掛けられた電話番号から、殺された弁護士をめぐる人間関係を割り出そうとする。

 今回の事件の展開、解決に、彼の十四歳の娘、キアラの役割が大きい。彼女はたまたま殺されたトレヴィザンの娘と小学校の同級生であり、娘が友達に「私は誘拐されるかも知れない」と語り、父母であるトレヴィザンとその妻も、娘が独りで遊びに行くのを禁じていたことを知る。ブルネッティはそのことから、トレヴィザンが何かマフィアと絡んだ商売をしており、そのトラブルから、娘がマフィアに誘拐されるのを恐れていたのではないかと推理する。

その数日後、パドゥアの税理士ファヴォロが自宅のガレージ内の車の中で、死体で発見される。ガレージを閉め切り、排気ガス中毒で彼は死亡していた。表向きは自殺として処理されるが、当地の警察で働く警部デラコルテは、その死に不審を抱く。検死の報告書に記入された、死体の体内から検出された睡眠薬の量が、低い値に改ざんされていたことを、デラコルテはブルネッティに告げる。デラコルテはパドゥア警察内部に、事件のもみ消しを図ろうとする人間がいることをブルネッティに示唆をする。

それから更に数日、今度はトレヴィザンの義理の兄、ロットが車の中で何者かに射殺された。

ブルネッティとデラコルテのふたりは互いに協力し、上司からの圧力にもめげず、密かに捜査を進める。そして、殺されたトレヴィザンとファヴォロが、メストレにあるバーにしばしば電話をしていたことを知る。これで、殺された三人の間に、接点があることが確認された。そのバーに出かけた二人は、そこが中南米、東欧から来た売春婦の溜まり場であることを知る。また、殺されたファヴォロが、その前日、レストランで若い女性と食事をしていたことが判明する。その女性がレストランに置き忘れた眼鏡より、その女性の身元を割り出そうとする。

事件の解決の決定的な鍵は、ブルネッティの妻と娘がもたらす。妻パオラは国境のトラック事故を思い出し、娘のキアラはトレヴィザンの娘から借りた「強姦と殺人の現場ヴィデオ」を見てショックで荒れ狂う。ブルネッティは怒りに満ち、トレヴィザンの家に乗り込む。

 

今回は珍しく早めに犯人の目星がつき、久々にすっきりした形で大団円を迎えそうな展開であった。しかし、今回も不完全な形でしか、事件は解決されない。読み手の欲求不満が残る結末である。ドナ・レオンの描く犯罪は、必ず国家権力、あるいはそれをさらに動かす経済界の黒幕が絡んでいる。また、ブルネッティの勤める警察自体も、その権力に大きな影響を受けている。それに対してブルネッティはただひとり、切り込んでいくのだが、しかし、それはいつも敗北とは言えないものの、ささやかな抵抗で終わってしまうのである。

ドナ・レオンの描くイタリア警察の内部というのも極めて人間的で、臨機応変なとところが面白い。今回、ブルネッティは電話局から数々の情報を得る。協力者と言うのが、電話局の技術者である。彼が記者である兄の取材に協力してゲイの溜まり場で有名な海岸へ行ったとき、海水パンツを穿き替える際に、警察に公然猥褻で逮捕され、起訴されてしまう。「ゲイの集まる海岸で公然猥褻罪で逮捕された」という冗談のような前科を、婚約者から隠すため、警察のコンピューターから削除するのを黙認し、ブルネッティが謝罪の手紙を書くと言うのが、協力の見返りなのである。日本で、交通違反の前歴を、警察官が地元の有力者に頼まれて消してしまうとうスキャンダルがあったが。基本的に、イタリアの社会も、建て前や法律とは別に、人と人との個人的な結びつきでどうにでもなるという社会であることを、ドナ・レオンは暗示している。