早朝の再会

 

 ロンドンを発つ前、僕は日本にいる二週間で、百キロ走ろうと言う目標を立てた。別に頑張りたかった訳ではない。日本から戻った十日後に、マラソンを走ることになっていたのだ。四十二キロを無事走り切り、翌日元気に会社に行くためには、日本にいる間にかなり走り込んでおかなければヤバイ。それで区切りの良い「百キロ」が目標に選ばれたのだ。

 僕の性格として、面倒くさいことは早めにやっておいて、その日の残りはゴロゴロと楽をして過ごそうということになる。それで、朝六時に実家から鴨川に向かい、川沿いの遊歩道を毎日一時間走るということに決めた。最初の二日はそれを実行した。一時間あれば十二キロ程度走れるので、十日もあれば百キロなんて楽勝、のはずだった。

起きるのは少し辛いが、走り始めるとそれはそれで気持ちが良い。同様に走ったり歩いたりしている人に朝の挨拶するのも清々しい。天気が良ければ朝の太陽を浴び、曇り空の日には川のせせらぎが普段より大きく聞こえる。汗をかくと身体もシャンとする。

 しかし、思った通りに事は運ばない。福岡へ行く日、走り終わってから寒気が収まらず、風邪を引いたことに気がついた。時差ボケから来る寝不足で、免疫力が落ちていたのだ。ひどくなるといけないので、僕は数日間練習を休んだ。

 風邪が治まってから、また走り出した。しかし、計画は大きく狂った。それでも、日本を発つ前々日、ついに九十五キロまでこぎつけた。最終日に最低五キロ走れば百キロを達成できる。翌日は、大雨でも大雪でも、とにかく走らねばならない。

 幸い、翌朝は雲ひとつ無い快晴だった。六時に実家を出て鴨川に向かう。北大路橋から川の西岸を北へ向かい、西賀茂で反対側に渡り、東岸を出町橋まで下る。また反対側に渡り北大路橋に戻るという十キロコース。大部分が砂地の遊歩道で、膝や足首には優しい。

 数日前から、同じ時間に同じコースで練習をしている、メチャ速いお姉ちゃんたちの集団に気が付いていた。おそらく、大学か実業団の陸上部なのだろう。その集団の後ろを自転車で追いかけている真っ黒い顔をしたコーチに、僕は見覚えがあった。そして、最終日、もしその集団とコーチに出会うことがあれば、確かめてみようと思っていた。

 果たして、出雲路橋でその集団とすれ違った。僕はUターンをして、集団の横に付く。野球帽を被った男性の顔を覗き込むと、やはり高校の陸上部で顧問だった源田先生だった。

「源田先生。付属高校の陸上部でお世話になった川合です。」

僕は走りながらそう言った。源田先生も僕のことをまだ覚えていてくれて、

「おう、ケベか。どないしてるねん。」

僕は、ロンドンに住んでいて、今帰省していること。来月マラソンを走るので練習していることを話した。源田先生は、今某大学の女子陸上部のコーチをしていて、大学駅伝優勝を目指して頑張っているとのことだった。もっと話したかったが、選手たちのペースは速すぎた。距離にして一キロ余、時間にして五分間、僕は横について走った。その後、へたばった。「ご活躍、お祈りしてますからね。」僕は、遠ざかる源田先生に向かって叫んだ。

 

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