新橋、夕刻、出勤風景

 

 四月十二日、私はかつての同僚、ヨネちゃん、ミサちゃんと、東京で会う約束をしていた。ふたりは、かつてロンドンで働いていたが、転勤や転職で、今は日本に戻っている。待ち合わせは午後六時五十分、新橋駅銀座口。私はその日の昼過ぎ、新幹線で京都から東京に向かった。

 東京で泊まるホテルはヨネちゃんが予約してくれていた「品川プリンスホテル」。三十八階建。高所恐怖症の私に、三十五階の部屋が用意されていた。何と粋な計らいであることよ。部屋に入り、カーテンを開ける。なるほど見晴らしは良いが、何となく落ち着かない。ふと、「ロスト・イン・トランスレーション」と言う映画を思い出す。CMの撮影のため日本に着た米国人俳優(ビル・マレー)と、ダンナの仕事に付いて日本に来たスカーレット・ヨハンソン演じる若妻が、同じ東京のホテルに泊まる。彼らが、何となく落ち着かない気分で、高層ホテルの窓から、東京の街を眺めるシーンがあった。それを思い出したのである。ふたりは、ホテルの最上階にあるバーで知り合いになる。この映画、日本人が見ると余り面白くないかも知れない。周りの日本語が分かってしまうので、主人公のふたりのように「ロスト・道に迷った」気分にならないから。ロケをしたのがこのホテルであるという保障は何もないが、最上階のバーにも、後で時間があれば行ってみようと思う。

 六時前にホテルを出て、品川から新橋に向かう。銀座口に付くが、まだ約束の時間まで二十分近くある。私は、その辺りを歩いてみることにした。駅前から銀座通りを行く。和服を着た女性が多いのに驚いた。つまり、彼女たち、ウォータービジネスに勤める女性の「出勤時間帯」だったのである。でも、着物姿の女性を眺めているのは悪い気分ではない。最近、京都でも和服の女性を余り見かけなくなった。これほど和服女性の「人口密度」が高い地域と時間帯も珍しい。

少し横道に入ると、両側にギッシリとバー、スナックなどの看板が並んだビル。その中にたまに銭湯などを見つけると、何故か嬉しくなる。「レディーズモード」の店と言うのがあった。ショーウィンドウを覗いてみると、イヴニングドレスというか、カクテルドレスというか、結婚式で花嫁がお色直しに着るような服が並んでいる。それも結構「ド派手」な色彩のものが。こんな服、最近は女子大の卒業式の後の謝恩会でも着ないぞ、一体誰が着るのかと一瞬考えたが、おそらく、この周辺で働いているホステスさんの中に、こんな服を仕事着にしている人もあるのであろうと、自分で結論を出す。ひょっとしたら、オカマのお兄さん御用達かも知れない。

 時間になったので、新橋駅に戻る。改札口の後ろ、柱の陰にミサちゃんがいた。

「ワー、久しぶり、元気だった。」

と挨拶を交わす。少し遅れてヨネちゃんが改札口をから現れた。彼の奥さんは後ほど登場するとのこと。三人は駅の前の横断歩道を渡り、ヨネちゃんの奥さんの予約した、沖縄料理の店へと向かった。

 

<戻る> <次へ>