まるたけえびすにおしおいけ

 

 金沢から京都に戻った日の夜、イズミと一緒に夕食をとる約束をしていた。イズミは幼馴染。特にティーンエージャーの後半、仲が良かった。「ティーンエージャーの後半」男の子と女の子が仲良くなって、どうしてボーイフレンド、ガールフレンドという関係にならなかったか、うーん、これが私の人生の中で最大の不思議である。

 彼女とは、午後六時に、「四条烏丸西北角」で待ち合わせをしていた。日本へ帰り、連日のご馳走攻め。胃の調子が悪くなりかけていた私は、京都に戻ると、とにかく、腹を空かせるために、せっせと歩くことに決めた。京都市内なら、どこへでも歩いて行こうと。

「ここから四条まで歩いたらどれくらいかかるかな。」 

と母に聞くと、母は紫明通りの自分の実家から、烏丸通を四条まで一度四十分で歩いたことがあると言う。私は少し余裕を見て、五時十五分前に家を出た。知恵光院通を南に向かって歩く。歩いているといろいろ発見があるもの。家の近くでは狭くてマイナーな知恵光院通が、今出川を過ぎると突然広い通りに変身すること。(父によると、昔はバスも走っていたという。)また、その名前の発祥地、知恵光院というお寺がどこにあるかも知った。

中立売通を今度は一旦東に向かう。その日は夕方になっても暖かく、歩いていると汗ばむ陽気である。堀川中立売を通過したのは、家を出てから二十分後。バスでここまで来ようとしても、バス停まで五分かかるし、バス停で五分以上バスを待ったとしたら、歩いている方が断然速い。

御所の中立売御門の前で、烏丸通と突き当たり、また南へ向かう。京都には「まるたけえびすにおしおいけ」と言う歌がある。京都の道の覚え方を教えた歌である。北から南へ、「まる」は丸太町通、「たけ」は竹屋町通、「えびす」は夷川通「に」は二条通、「おし」は押小路通、「おいけ」は文字通り御池通である。南へ歩いていると、この歌が結構役に立つ。例えば「六角通」と書いた道を渡る。「あねさんろっかくたこにしき、しあやぶったかまつまんごじょう」であるからして、「六角」を渡った現在、四条に到着するまでに越えなければならない通りは、もはや「たこ、蛸薬師通」と「にしき、錦小路通」の二本のみ、結構近いぞとか。

四条烏丸に着いたのは、家を出てからちょうど一時間後であった。辺りは少し暗くなり始めていた。リュックサックから本を取り出し、読んで待っている。隣では、若い兄ちゃんがティッシュを配っていた。

イズミが六時過ぎに現れた。

「遅れてごめんね。子供たちの晩御飯のカレーの野菜が、なかなか煮えへんかってん。」

と、彼女は主婦らしい言い訳をした。ふたりは彼女の予約していた路地の奥の、「お晩菜の店」で食事をした。ふたりで話していると、隣に外国人のカップルが座る。彼らにメニューを説明しているとき、私は高校生の頃、彼女と道を歩いていて、田舎のおばさんにふたりで一生懸命道を説明していたときのことを思い出した。もう三十年前の話であるが。

 

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