日本を去る日

 

関空から飛行機に乗るのは日曜日の午後。私は、金曜日の午前中、区役所へ、今度は転出届を出しにでかけた。僅か二週間の京都市民。しかし、別に嫌味も何も言われなかった。恐縮したのは、二週間分の国民健康保険加入に対して、金が不要だと言われたこと。同じ月に入ってまだ出た人は、月末の精算にかからないという。たとえ一万円でも、少しは払った方が、「気持ち的」にはすっきりするのであるが。まあ、私の分まで負担していただいた不特定多数の皆様に感謝するしかない。

私はロンドンで、十四日間有効、日本全国JRを乗り放題の「ジャパン・レール・パス」を買ってきていた。それを使って、東京、金沢、福岡まで行ったのである。このパスは外国で、しかもその国の居住者でないと買えない代物。それにしても、四万五千円で二週間乗り放題は安い。ともかく、その有効期限が、土曜日までであった。それで、日曜日には、某タクシー会社の「関空シャトルサービス」と言うのに申し込んでいた。これは、マイクロバスで京都市内を回り、何人かお客さんをピックアップした後、まとめて関西空港まで運んでくれるというシステム。京都市内をあちこち回ってから行くため、少し時間はかかるが、料金は三千円と安い。

日曜日の朝八時。迎えのマイクロバスに乗り込む。父が杖をつきながら、表通りまで見送りに出てくれた。また来年もまた、こうして父に会えたらいいなと思う。

マイクロバスの中には、既にジーンズの上下を着た、四十歳前後の男性が乗っていた。彼に挨拶して、隣に座る。彼、西江氏の本日の行き先はニューヨーク。数日前、シンガポールから帰ったばかりだと言う。彼は自分の仕事を「腕時計の買い付け」だと説明した。希少価値のある腕時計を海外で買い、それを日本で売るとのこと。でも、わざわざ飛行機に乗って海外にまで行って買い付けて、それでも利益が上がる時計って一体いくらするの。

「世の中には、結構、腕時計に凝っている男性が多いんですよね。女性なら、ネックレスとか、イヤリングとか、ブレスレットとか、色々な装飾品があるでしょう。でも、『普通』の男性が、唯一身を飾れる手段、それは腕時計しかないんですよ。」

彼は言った。私は自分の手首に巻かれている、「アディダス・スポーツ・ウォッチ」、値段百ユーロを見つめた。

 関西空港から、ミラノ行きの飛行機に乗る。乗り込む前、恒例の「きつねうどん」を食べる。関空で食べる「きつねうどん」、私にとって、いよいよこの味ともしばらくお別れだと、日本を去ることしみじみ感じる「儀式」である。

私にとっては幸いなことに、(アリタリア航空にとっては不幸なことに)飛行機は空いていた。ボーイング七七七は「三席、三席、三席」の座席配置であるが、私は真ん中の三席を独占することができた。飛行機が水平飛行に移るや否や、私は肘掛を上げて、「完全フラットベッド」状態を作った。そして、父に貰った睡眠薬を飲んで、横になった。ミラノまでの十二時間のうち、八時間を私は眠って過ごした。

 

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