地獄八景亡者戯 − あとがき

 

 五人の演者の「地獄八景」を聞き比べ、縦横斜めから比較分析してきたわけです。

五人の中で誰の「地獄八景」が一番面白かったかと問われると、笑った回数では、オオツカくんに録音してもらった、テレビの「枝雀寄席」版です。いや、これまで、落語を聴いてこれほど笑ったことはないと思います。「隠居と藪医者」のエピソード、「ケニアの山猟師の」登場、「松鶴家キリストと浮世亭マホメッドの論争漫才」など、想像を絶した発想の連続。枝雀さん、あちこちトチっているのですが、そのトチりが、また新たな笑いを誘っていました。CDの「枝雀大全」版は、テレビ版に比べて、少しこなれてすぎているという印象です。

 

しかし、個人的に一番好きなのは、吉朝です。各演者とも、前半には色々と工夫を凝らしていますが、終盤の、山伏、軽業師、歯抜師、医者の四人のエピソードからは、かなり画一的です。そんな中で、吉朝は、最後まで、「遠山の金さん」ネタ、山伏の変な呪文「エロイムエッサイム・・・」、「命ばかりは助かりましたな。何言うてまんねん、わたいらもう死んどりまんねんで」という会話、「『あけぼの』と違うて『ばけもの』でんがな」、など、最後までギャグとクスグリのパワーが衰えていませんでした。鬼の料金表の場面の「エイズ磐梯山」と、閻魔が山井養仙に乗せられて思わず「金さん」を演じてしまう場面は、何度聴いても笑ってしまいます。

 

文我は本当に多芸で勉強熱心な人だと思います。一度など、高座でバイオリンを弾いておられました。テレビ番組「病気の鉄人」の「今日のテーマはエイズ!」、「どんぐりコロコロ」の浄瑠璃、これには笑えます。勉強熱心さが感じられる余り、聴いているものにちょっと緊張感を与えすぎるというところもありますが。

文珍は、基本的に、時事ネタのギャグを入れていましたが、米朝師匠の筋を余り変えないで、かなり忠実に演じていました。その点で、ユニークさという点で少し物足りないような気がしました。

 

こうやって書いていると、返す返すも、枝雀さん、吉朝さんが他界されていることが悔やまれます。本やテレビと違い、舞台で演じられる芸は、一度きりのものです。ヴィデオや録音で、その様子を偲ぶことはできますが、完全に、ある演者のある高座を再現するなどということは不可能です。そう言った意味で、もうおふたりの高座に接する機会がないことが、残念でなりません。米朝さんも今年になり、怪我をされ休んでおられましたが、最近また復帰されたようですね。何よりです。

 

これまで書いたところを読み返してみますと、大部分が執筆されたマデイラの、波の音が聞こえてくるようです。日本を離れ、ロクに日本の様子も知らないままにこれを書き始めた私、分からないことだらけでしたが、皆様から色々と教えていただきました。情報をお寄せいただいた方々に、心よりお礼を申し上げます。読者の皆様、特に、痛みと戦いながら、最後まで読んでくれたであろう京都の父にも、感謝の気持ちを伝えたいと思います。

(了)

 

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