隠れた特技

コンコルドの座席。狭い。YS-11並の幅しかない。

 

翌朝、四時半に目が覚める。ロンドンより更に北にあるマンチェスターでは、もう完全に夜が明け切っている。また眠ろうとするが眠れない。「旅先で六時間眠ったのだから、まあ良いや」と肯定的に考え、本を読んで過ごす。六時過ぎに少し外を散歩してみる。この場所は静かな街であると同時に、高級住宅地でもあった。生垣や塀に囲まれた、ロンドンのハムステッドにあるような大きな家が並んでいる。昨日のパブの客層を思い出す。ここは金持ちの住む場所だったんだ。通りかかった不動産屋で、この辺りの家の値段を確かめる。ロンドンよりは幾分は安い。かなりの豪邸が一億円くらいで手に入る。

七時半より一回目のローディング(荷物の積み込み)が始まるというので、七時過ぎには会社に出る。サキラはお休み。今日はクレアと一緒に仕事だ。ローディングが始まる。アンディとデイヴというふたりの運転手がフォークリフトを運転し、パレットに乗せた荷物を手際よくトラックに積み込んでいく。その際、荷物に貼ってあるバーコードをクレアがスキャナーで読み取ってく。僕は、邪魔にならないように後ろのほうでそれを見ていた。

運転手のひとりデイヴが、

「モト、あんた暇そうだね。俺の代わりにやってみるかい。」

と言ってくる。

「難しそうだし、荷物をひっくりかえして壊すといけないから、やめとく。」

と答えておく。

 実は、フォークリフトの免許を、何故か僕は持っているのだ。二十代の後半から三十代の半ばまで僕はドイツのファスナー工場で働いていた。通訳、生産管理、コンピューターなどを担当していたが、日本人の常として、現地人社員が帰った後も、夜遅くまで仕事をしていることが多かった。時々、イタリアや、スペインから、原材料を積んだトラックが夜八時や九時に到着する。

「もう降ろす人間が誰もいないから、明日の朝まで待ってくれない。」

と運転手に言うが、少しでも先を急ぎたい運転手達はなかなか納得しない。仕方が無く、見様見真似で覚えたフォークリフトを自分で運転し、荷物を降ろす。ところが、そんなことを何度かしているうちに、総務部長にばれてしまった。免許のない人間はフォークリフトを運転してはいけないそうだ。(当たり前の話だが。)

その数日後、僕はフォークリフトの会社へ講習に行かされて、一日コースの後目出度く合格、免許をもらったというわけ。フォークリフトの運転は誰も知らない僕の隠れた特技。そんな話をクレアにする。特に面白い話でもないが、彼女は「ふーん」と言って聞いている。

十一時半、二回目のローディングが終わる。これで今週の荷積みはお終い。発行された荷積明細書には誤りはない。お役御免だ。これ以上ここにいる理由はない。金曜日の午後、道も混むことだろうし、僕は正午にマンチェスターを発つことにした。ロンドンのオフィスにこれから帰ると電話を入れ、マンチェスターの同僚に別れを告げて建物を出た。

 

コンコルドは建物の中に収納されていた。

 

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