「群れ」

原題:Der Schwarm

日本語題:「深海のYrr」

Frank Schätzing

フランク・シェッツィング

2004

 

 

<はじめに>

 

 私の趣味の小説ではないのであるが、ドイツ留学から帰ってきた息子が「ドイツのベストセラーだよ」と土産にこの本をくれた。千ページ近い長大な本である。あまりにも長いので私は読むことを諦め、オーディオCDを取り寄せ、通勤の車の中で聴きだした。CDが十枚、毎日一時間聴いて、聴き終わるのに十日以上かかった。

「薀蓄(うんちく)の書」である。この本を書くにあたっての学術的な調査が大変であったことは予想される。しかし、書く方も大変なら読む方も大変。生物学、地質学的な概念、専門用語が頻出し、それを理解するのに苦労した。

全編「スリルとサスペンス」に満ちており、映画化すれば面白いのではないかと思われる。また登場人物も実に多彩である。

 

<ストーリー>

 

 ノルウェー、トロントハイム。ノルウェー工科大学の海洋生物学の教授、ジグル・ヨハンソンは、ノルウェー国営海底石油調査会社、Statoilのティナ・ルントからある調査を依頼される。石油調査の為のボーリング中、岩盤の中から、夥しい数の芋虫状の生物、ゴカイの類が発見されたという。その生物は鋭い歯を持ち、岩盤を噛み砕いていた。ヨハンソンはその生物のサンプルを見る。彼は今までに、そのような生物を見たことがなかった。彼はその生物が新種あるいは突然変異ではないかと推測する。

 カナダ、ヴァンクーバー湾。鯨の研究者レオン・アナヴァクは、奇妙な現象に気がついていた。いつもは湾の中を回遊している鯨やシャチの群れが、突然姿を消してしまったのである。衛星を使っても、ソナーを使っても、鯨たちがどこにいるのかを確認できない。

 アナヴァクは、観光客を船に乗せ鯨を見せる、「ホエール・ウォッチング」の会社に雇われていた。彼らは「鯨を見世物にするな」と主張する自然保護団体「シーガード」と対立をしていた。その自然保護団体のリーダー、ジャック・オバノンは、皆から「グレイヴォルフ、灰色の狼」と呼ばれる大男。グレイヴォルフはアメリカインディアンの血を引いているということで、本人もそのように装っていた。アナヴァクもイヌイット(エスキモー)の出身である。

 アナヴァクは、エイが高度な知能を持つことを示す実験を公開する。その実験の最中に、ひとりの眼鏡をかけた若い女性が挑戦的な質問を投げつける。彼女はアリシア・デラウエアという名前の女子学生であった。

 ヴァンクーバーの近くで、貨物船「バリア・クイーン」が突然制御不能になり、バランスを失い、荷崩れを起こすという事故が発生する。船は沈没を免れ港に曳航されるが、その途中に鯨たちの攻撃を受ける。アナヴァクはその調査のために、海に潜り船体を調査する。その結果、大量の貝が船の後部の舵の周囲に張り付き、船を操舵不能にしていたことを発見する。貝の中にはゼリー状のものがぎっしりと詰まっていた。アナヴァクはそのサンプルを持ち帰り、生物学者のスー・オリヴィエラに調査を依頼する。

 ヴァンクーバー湾に鯨が戻って来た。アナヴァクとデラウエアは、観光客を船に乗せて、ホエール・ウォッチングに出発する。それを邪魔しようと、グレイヴォルフの乗った自然保護団体の船が周囲に張り付く。ホエール・ウォッチングの最中、突然鯨が船を攻撃し始める。鯨の体当たりにより船は傾き、人々は海に投げ出される。投げ出された人間をシャチが襲う。見事な連携攻撃である。グレイヴォルフの身を挺した救助活動で、アナバック、デラウエアと乗客たちは死を免れる。陸に上がった際、デラウエアは、アナヴァクにこれまでの経緯は忘れ、グレイヴォルフと和解し、互いに協力することを勧める。

 世界中で奇妙な出来事が続発する。カリブ海では海岸で毒を持ったクラゲの大量発生、オーストラリアでも毒を持つクラゲや海草による死者がでる。船の衝突や転覆事故が相次ぎ、フランスではウィルスを持ったロブスターによる疫病が広がる。

 ヨハンソンとルンドは、無人潜水艇を使い、メタンガスが大量発生している海底を調査する。そこで彼らは魚とも虫ともつかない不思議な生物を目撃する。

 ノルウェー沖。「メタンハイドレート」(海底に存在するメタンを水分子が取り囲んだ固体結晶)の層を調査していた調査船「ゾンネ」の前で、前述の新種のゴカイに食い破られた海底の岩盤が崩落する。その衝撃で発生した津波が、北ヨーロッパの海岸を襲い、海岸沿いの多くの都市が壊滅する。

海洋ジャーナリストのカレン・ヴィーヴァーを訪れるために英国のシェットランドに到着したヨハンソンは、津波の到来を未然に察知し、ヴィーヴァーと共に危ういところでヘリコプターに飛び乗り難を逃れる。しかし、ノルウェーの海岸にいたティナ・ルントは津波に巻き込まれて死亡する。津波の結果、北ヨーロッパの海岸沿いの都市のみならず、海底ケーブル等のインフラストラクチャーが大きく破壊される。

 アナヴァク等は、鯨に発信機の付いた銛を打ち込み、それを無人の潜水艇で追跡して、鯨の異常行動の原因を探ることを計画する。飛行機に乗ったアナヴァクとデラウエアは、鯨に発信機の着いたモリを打ち込むことに成功する。しかし、その後鯨の攻撃に遭い、飛行機は海上に墜落するが、ふたりは命を取り留める。

 発信機を付けられた鯨は外洋に出てどんどん深く潜っていく。カメラを積んだ潜水艇は鯨を追跡する。そして、そのカメラには、青い光を放つ、謎の物体が映し出される。その物体は触手のようなものを鯨に伸ばし、鯨とコミュニケーションを図っているように思われた。

 世界中で起こる奇妙な出来事への対策を練るために、国連はカナダのウィスラー城に世界中の専門家を集める。実際にその会議を取り仕切るのは、「非常事態担当責任者」に任命された米国海軍の女性司令官ユーディット・リーである。ジグル・ヨハンソンやレオン・アナヴァク始め、各国の海洋学者、生物学者、火山学者が会議に招集される。しかし、その会議の裏には、覇権を渡すまいとする合衆国と、将来の大統領の座を狙うリーの思惑が働いていた。CIAにより、会議の舞台になる城には、いたるところに隠れたカメラと盗聴装置が仕掛けられており、会議参加者の動向は、全てリーが把握できるようになっていた。

 世界中で起こる一連の事件をCIAは「中東のテロリストによるもの」と理由付けようとするが、ヨハンソンは別の可能性を考えていた。それは人類の他に地球に存在する「高度の知性を持つ生物」によるものという考えであった。その考えに耽っている最中、彼の指がラップトップに触れ、偶然「YRR」という文字が打たれる。ヨハンソンそれを「高度の知性を持つ生物」の名とする。結果的に議長である司令官のリーがヨハンソンの考えを支持したため、「YRR」の存在が認知される。

 「海洋に住む知的生命体」と接触を図るために、米国海軍の最新式ヘリコプター母艦「インディペンデンス」に司令官リーと、学者たちは乗り込む。そして、今回の一連の事件の中心地であると思われ、「YRR」が生息する可能性の最も高い大西洋のグリーンランド沖に向かう。

 大量のメタンが海底から空気中に放出されていること、またメキシコ湾流が止まってしまったことが報告される。どちらも地球上の気候を変えてしまい、人類を滅亡に導く事態である。

「YRR」に対する最初のメッセージが音波で発信される。「地球外生物探査機関」のサマンサ・クロウの提案により、メッセージは数式の中に格納されていた。間もなく、返信が確認される。その返信を解読してみると、先の尖った塔のような形が現れた。リーはそれが、自分の乗り組むインディペンデンスの船型であることを知る。「YRR」はこの船の存在を既に認識しているのである。次に、「YRR」は別のイメージを送ってくる。それは、数億年前の地球の地図であった。これにより「YRR」は、自分が人類よりもはるかに古くからこの地球に生息していることを伝えているに違いなかった。

 米国東海岸、ワシントンの近くの浜で、デートをしていたカップルが、海から大量の真っ白いカニが上陸してくるのを見つける。ふたりはかろうじて逃げ出すが、間もなく海岸線は、眼のない白いカニに覆われてしまう。そのカニは車によって潰され、その体液が下水道によって各地に流れる。そして、その体液は毒性を持つものであった。間もなく、米国の東海岸の都市にはカニによってもたらされた疫病が蔓延し、首都ワシントンも閉鎖されてしまう。

 インディペンデンスの船内には、イルカが飼育されていた。アナヴァクの依頼で、グレイヴォルフとアリシア・デラウエアが乗船し、その訓練に当たる。アナヴァクはグレイヴォルフが、かつて米国海軍が企画したイルカ部隊の訓練者であったことを調べ上げていた。グレイヴォルフは何故かその職を突然辞し、自然保護団体に身を投じていた。

 インディペンデンスの研究施設では、学者たちが、「YRR」の究明に没頭していた。ヨハンソンと、生物学者のスー・オリヴィエラは、採取したゼリー状の組織から、「YRR」が単細胞の生命体であり、お互いにフェモロンで連絡を取り合いながら集合と離脱をすることにより、自由に姿を変えられることを発見する。「YRR」の細胞は全て異なったDNAを持ち、その中には過去の出来事が蓄積されているのであった。

 インディペンデンスは「YRR」による最初の攻撃を受ける。その際、デラウエアは命を落とす。デラウエアに好意を持っていたグレイヴォルフは、彼女の死に落胆する。

 ヨハンソンとオリヴィエラは、同じく研究者のルービンが廊下の途中で消えたのを目撃する。ヨハンソンはその場所に隠しドアを発見、中に入っていく。そこには第二の研究室があった。そこではリーとCIAの先導で、「YRR」を殺す「毒」の開発がなされていた。ヨハンソンの侵入に気づいたルービンは、ヨハンソンを殴り倒す。ヨハンソンは短期間記憶を消す薬品を注射される。

 オリヴィエラは、単細胞である「YRR」が互いに集散するために互いに連絡を取り合うための手段「フェモロン」の特定、抽出に成功する。彼女とヨハンソンは、そのフェモロンを持って「YRR」に接触すれば、新たな展開が生まれのではないかと期待する。

 一方、ルービンとそのチームは「YRR」を殺す毒の開発に成功する。一部にその毒を与えれば、連鎖反応式に全ての「YRR」の細胞を殺していけることになる。リーはその毒を日本の魚雷に詰め、海底に向かって発射するように命じる。

 記憶を取り戻したヨハンソンは、リーとルービンに地球の生態系を根本的に破壊する恐れのある「YRR」の抹殺計画を思いとどまるように迫る。しかし、リーはCIAのメンバーに命じて、ヨハンソンを殺害しようとする。船中でCIAに追われたヨハンソンはアナヴァクとグレイヴォルフに助けられる。

 インディペンデンスに対する二度目の攻撃が始まる。メタンガスを詰めたゼリー状の「爆弾」が艦の横で爆発。艦は浸水し傾き始める。混乱の中で、ヨハンソン、アナヴァク、ヴィーヴァーの三人は完成したフェモロンを自らに注射し、「ディープフライト」と呼ばれる小型潜水艇で「YRR」にメッセージを届けるために脱出しようとする。またリーは「YRR」に対する毒を詰めた魚雷を携えて、同じく潜水艇に乗り込もうとする。リーを阻止しようとしたヨハンソンはリーに撃たれ、クロウを助けるのに手間取ったアナヴァクは、潜水艇に乗り遅れる。

 人質にしたルービンの死体を乗せたヴィーヴァーの潜水艇と、毒入り魚雷を乗せたリーの潜水艇だけが辛うじて沈み行くインディペンデンスから脱出に成功する。一方は「YRR」との和解、もう一方は「YRR」の抹殺という正反対の使命を帯びて・・・

 

 

<感想など>

 

 まずは、膨大な資料の収集と、長大な小説の執筆に費やされた時間と根気に対して、素直に敬意を表したい。「質」と「量」という点に関して、まず「量」に圧倒される小説である。よくぞここまで調べ上げて書いたものだというのが読後の印象である。

 さて「質」であるが、内容は確かに濃い。環境保護問題、動物の保護問題、地球の温暖化問題、海底油田メタンハイドレート等の資源問題、DNA操作を始めとする生物学的な諸問題、地球外知的生物の存在に対する論争、エスキモーやアメリカンインディアン問題に至るまで、実に多彩でタイムリーなテーマが詰め込まれている。雑学を得るうえで、なかなか為になる本である。その意味ではダン・ブラウンの「ダヴィンチ・コード」、「天使と悪魔」等と共通点がある。

 ダン・ブラウンの作品よりは「良い」と思うのは、主人公がいつもすんでのところで助かる「ご都合主義」でないことである。「ヘリコプターの上から、広告用のバナーを持って飛び降り、怪我をしない」などという現実離れした設定はない。ヨハンソンやルンドを始め、主要な登場人物が、最初は「YRR」との戦いに、最後にはリーとの戦いに敗れ、刀折れ矢尽きて死んでいく。

しかし、ダン・ブラウンの作品と同じように「辟易」するのは、クライマックスになると、時間の流れが余りにも遅くなることである。インディペンデンスが攻撃を受け「急速に」沈んでいる中で、実に多くの人間が、長い台詞を語りだす。

「そんな暇がどこにあるの」

と思ってしまう。そう言った意味では、ハリウッドの冒険映画を見ているよう。

 「映画」と言えば、多彩な登場人物、次々と起こる事件、どのシーンもスリルとサスペンスに満ちて「絵」になる。読んでいて、聴いていて、

「映画を見ているようだ」

という感じが常にしていた。事実、二〇一〇年度、この作品はハリウッドで映画化されることになるという。

 

 様々な人物が登場するが、比較的最初から最後まで登場して、「主人公」と呼べるのは、ノルウェー人の海洋生物学者ジグル・ヨハンソン、カナダの鯨研究家レオ・アナヴァク、そして元米海軍のイルカ調教師、現在は環境保護団体の活動家グレイヴォルフであろうか。グレイヴォルフは本名をジャック・オバノンという。父がアイルランド人で、母に半分アメリカンインディアンの血が混ざっているという男。このグレイヴォルフとアナヴァクの奇妙な友情が物語にある意味で、「人間味」を添えている。

最初アナヴァクとグレイヴォルフは敵対関係にある。アナヴァクは、「ホエール・ウォッチング」を企画し、グレイヴォルフはそれを邪魔しようと、観光客に対して、腐った魚の臓物を投げつけたりする。また、四分の一しかアメリカンインディアンの血が混ざっていないのに、自分があたかもインディアンであるように振る舞っているグレイヴォルフに対して、百パーセントインディアン(イヌイット=エスキモー)であるアナヴァクは、インディアンであることを自己宣伝に使っていると感じ、グレイヴォルフを嫌悪している。

しかし、鯨が観光船を攻撃したとき、グレイヴォルフの働きで、アナヴァクも、観光客の多くも救われることになる。アナヴァクはいやいやながら、デラウエアに説得され、グレイヴォルフに礼を述べに行く。そこでふたりはまた対立する。しかし、アナヴァクは、海軍のイルカ調教師であったグレイヴォルフの過去に興味を持ち始める。そして、自分が、「YRR」とのコンタクトの為に、インディペンデンスに乗り込んだとき、グレイヴォルフをイルカの調教師として推薦する。そして、艦が攻撃を受けた際、アナヴァクは再びグレイヴォルフに救われる。このふたりの奇妙な「友情」により、この物語が無味乾燥なSFになることから救われていると思う。

しかし、別の考えをすれば、ヨハンソンもアナヴァクもグレイヴォルフも全て「脇役」なのである。主人公は「YRR」!

 

 登場人物の名前の表記であるが、ドイツ語の小説であるので、ドイツ語での読み方を採用させていただいた。「グレイヴォルフ」、「アナヴァク」はカナダ人なので、もしカナダに彼らが実在していれば、周囲から「グレイウルフ」、「アナワク」と呼ばれているはずである。しかし、ノルウェー人の「ヨハンソン」はノルウェー語では何と発音するのかということになる。英語式に書くかドイツ語式に書くか迷ったが、ドイツ人の作者の顔を立てて、全てドイツ語読みで書かせていただいた。

 また千ページの長編を数千字にまとめたため、数多くのエピソードと登場人物が、「ストーリー」の紹介の中で抜け落ちていることをご了承いただきたい。自分でも、よくまとめられたものだと思う。

 

201001月)

 

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