「悉尼」到着

 

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ロンドンから一万五千キロの旅をした飛行機。

 

 チャンギー空港で、娘のミドリに絵葉書を書いて投函する。彼女には、毎日便りを出すと約束していた。一時間後、シンガポールを発った飛行機は、再び夜の中を飛行する。更に精神安定剤を飲み足した僕は、離陸と同時にまた眠ってしまった。食事が出たのは何となく覚えているが、それを食べたかどうか、記憶にない。目が覚めるとシンガポールを出てから五時間経っており、シドニーまでの残り時間は二時間余。ここまで来るともう安心。

「お兄ちゃん、あんたよく眠れるね。」

と、隣の数学の先生に言われる。こちらにはこちらの事情があるのだよ。

 座席の前の液晶スクリーンに、飛行機の現在の位置を表示することができる。英語と広東語で表示がされている。広東語で、シンガポールは「新加坡」、マラッカ海峡は「馬六甲海峽」、シドニーは「悉尼」と表示されている。オーストラリアのほぼ真上に爬虫類のような形のニューギニアがあり、その右側の尻尾の先に、ソロモン諸島がある。

 飛行機はオーストラリアの南海岸をかすめるようにして飛ぶ。次第に夜が明け、窓から朝日が差し込む。太陽の光が、長旅で疲れた乗客の心を明るくする。シドニー上空で飛行機が旋回するとき、有名なベイ・ブリッジと、オペラ座が見えた。

現地時間の十二月二十一日、午前六時半、僕はついにオーストラリアに降り立った。オーストラリアは生まれて初めて。飛行機の中では、本も読まなかった、音楽も聴かなかったし、映画も見なかった。文献を少し読んだ以外は、ひたすら、精神安定剤を「お友達」に、眠っていたことになる。眠っていると、二十二時間もそれほど長くは感じなかった。

 「悉尼空港」で、入国審査を済ませ、荷物を受け取り、バスで国内線のターミナルに移動をする。入国審査官は、いかにもオーストラリア人という声のでかい若いお姉ちゃん。

「ハブ・ア・グレート・デイ!」

と、非常に愛想がよく、好感が持てる。暖かく、少し湿気を含んだ夏の朝の空気が、僕を優しい気分にさせる。薬のせいで足元が少しふらつくが、良く眠って、気分はすっきりしている。国内線のターミナルで、ミドリにまた絵葉書を書いた。

 九時三十五分発、ブリスベーン行きの飛行機に乗り込む。あと一息だ。飛行機がタクシングしている最中、スーパージャンボ、エアバス三八〇が右側に見えると機長からアナウンスがあった。しかし、左側、反対側に座っていたので、見ることができなかった。残念。

一時間半後、空からブリスベーンの街が見えた。高層ビルが建ち並び、川が流れ、ロンドンのドックランドを思い出させる。飛行機を降り、荷物の受け取り場所にいると、K子さんが現れた。十歳の娘のエリーと四歳の息子のレオも一緒だ。彼女はもちろん日本人だが、首に手を回し、頬をくっつける、西洋式の挨拶で迎えてくれた。二年半ぶりの再会。彼女の顔を見た瞬間、道中、張りつめていたものがガタッと崩れた。すぐに言葉が出ない。エリーは赤ちゃんだったのに、すっかりきれいなお姉さんになっていた。オーストラリア生まれのレオとは初対面だった。

 

 

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サンタはともかく、真ん中が「クリスマスプディング」で右端が「七面鳥」って誰が分かります?

 

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