地球の裏側で

 

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オーストラリアの家はやたらとでかい。家と家の間隔も贅沢なくらい広い。

 

 台所で夕食の準備をするK子さんの横に座って話しをする。子供たちは隣家へ遊びに行っているので、家の中は静かだ。飛行機の中で十分に眠ったせいか、不思議と眠気や疲れは感じない。前回会ってから今日までの出来事を、K子さんと「しみじみ」と言った感じでは語り合う。はっきり言って、ここ数年間、ふたりとも英語で言う「タフ・タイム」、人生の中でも苦しい時期だった。彼女は、自分が落ち込んだとき、ご主人のロビンが、いつも前向きで頑張ってくれたので助かったと言った。冷蔵庫から勝手に出したビールを飲みながら、僕は彼女の話を聞いていた。

 ご主人のロビンは、その日がクリスマス前の最後の仕事日。忙しかったらしく、六時になってやっと帰って来た。ケーブルテレビの接続の仕事をしている彼は言った。

「クリスマス休みに、のんびりテレビを見たいと言う人が多くてね。今日は七軒も回ったよ。」

夕食は夏のオーストラリアの定番、バーベキュー。パティオで涼しい風に吹かれながら飯を食い、ビールを飲む。前回、おふたりとこうして過ごしたのは、二年半前、英国のキングスラングレーのパブだった。僕は自分が今、あの場所から見て、地球の裏側にいることが信じられなかった。

 その夜は、午後八時過ぎには眠ってしまった。翌朝、十二月二十二日。セミの声と、鳥の声で目が覚めた。英国にはセミはいない。懐かしい響きだ。鳥の鳴き声は「ピーチク」と高い声よりも、「ガーガー」と言う、幾分低い声のようだ。

 坂を下りて、エリーの小学校までひとりで散歩をする。校庭の掲示板は

「ホッ、ホッ、ホッ、学校は一月二十五日から始まりますよ。」

という「サンタ」のメッセージのメッセージが掲げてある。なかなかしゃれている。八時を過ぎると、日差しが急に強くなる。暑い。おまけに帰りは上り坂で、心臓に問題のある僕は、帰り道は息が上がってしまった。

 その日は、ロビンが家族と僕を「ワイナリー(ワイン工場)」へ連れて行ってくれることになっていた。出発のとき、ロビンが、「サン・スクリーン(日焼け止めクリーム)」を顔や手に塗るように言った。僕は生まれてことかた、身体に日焼け止めクリームなど塗ったことがない。

「いいよ、日本人は大丈夫だから。」

と断ったが

「ブリスベーンの三人にひとりは皮膚ガンなんだから。」

いう理由で、K子さんとエリーにクリームをコテコテに塗りつけられてしまった。

 エリーが僕の持っているドイツ語の本を珍しそうに見ている。

「英語だと、読むのに時間がかかるからね。だからドイツ語で読んでるんだ。この前『ハリー・ポッター』の最終巻を英語で読んだら、何と二ヶ月半もかかった。」

「面白かった?」

「読み終わった時には、最初の方のストーリーをすっかり忘れていたわ。」

そう言うと、ロビンとエリーが笑った。

 

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エリーの行く学校に掲げてあったサンタからのメッセージ。

 

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