そんなアホな

 

道端でビートルナッツを売るお兄ちゃん。緑色が噛んでいるうちに化学反応で赤くなる。

 

 ブリスベーン空港のHPで、ホニアラ行きの飛行機の出発予定が出た。午後一時半。四時間遅れであるが、飛ぶには飛ぶらしい。G君が空港にあるソロモン航空の事務所に電話をしたところ、チェックインの開始が十五時、出発は十八時との情報。昼からホニアラ一帯は停電になってしまい、その後の情報をインターネットで確認することはできない。

 午後三時にアパートを出て、隊員寮で同じ飛行機で飛ぶM隊員をピックアップする。彼は、一年間のソロモン諸島での仕事の後、休暇を取って、オーストラリア、シドニーへ遊びに行くそうだ。空港でふたりとも無事チェックインを済ませ、搭乗券を受け取り、まだ時間があるので、一度G君のアパートで待つことにする。停電で冷蔵庫を開けられないので、ぬるい水とジュースを飲みながら二時間ほどM君と話す。

 彼の任地は、ガダルカナル島の東側、ウラワ島という小さな島だ。地図で見ると、幅五キロ、長さ十五キロくらいか。そこの「ピルピル中学校」で彼は数学と理科を教えている。それもピジン語で。電気なし、郵便なし、インターネットなし。宿舎の屋根はバナナの葉で、強い雨が降ると、雨漏りがすると言う。一応、彼の住む島から、週に一便だけだが小さな飛行機が首都ホニアラまだ通っていて、何ヶ月かに一度はその飛行機で「首都」に帰って来ると言う。昨日のOさんの任地に勝るとも劣らない大変な場所のようだ。

 学校で教えていて、困ることは何ですかと聞くと、

「こっちの人たちは、マイナスの数の概念が理解できないんですよね。色々工夫して教えようとしても、なかなか分かってくれない。」

と彼は言った。確かに、島の暮らしの中では、マイナスの数なんか必要ないかもね。

 五時になり、再び空港に向かう。飛行機が一台も見えない。悪い予感がする。出発のホールも誰もいない。ランニングシャツを着たおやじがやって来て言った。

「今日のブリスベーン行きはキャンセルだよ。」

そんなアホな。チェックインを済ませて、搭乗券まで発行しておいてからキャンセルはないでしょ。僕はまだ一日余裕があるから良いものの、M君は明朝、ブリスベーンからシドニー行きの飛行機を予約している。今日中にブリスベーンに着けないと予定が大きく狂ってしまう。彼には一年ぶりに文明の光に触れる大切な休暇なのに。彼は、今日は靴下を履いている。ソロモン諸島で靴下を履いている人間はいない。それだけでも、彼の強い決意が感じ取れると言うもの。

 鍵のかかっている職員事務所の扉をドンドン叩くと、中から職員が出てきた。

「ブリスベーン行きは明日の十三時に出る。明日の十時にまたおいで。」

と彼は言った。M君に代わって、僕がM君の乗り継ぎ便について尋ねると、午前中にホニアラの旅行会社でシドニー便の予約を翌日に変更してから空港に来いとのこと。僕とM君はG君の車で、またまたホニアラの街に戻った。トボトボという感じで。

 K子さんに、今日は飛べませんと電話をすると、彼女は既に知っていたようで、

「天気が悪いから、今日ゴールドコーストから自宅に戻ったの。明日は何時でも迎えにいくから、心配しないで連絡してね。こちらの天候も回復してきたし、明日はきっと大丈夫よ。」

彼女は明るくそう言った。

不安な気持ちで飛行機を待つ。「ホンマに来るんやろか。」

 

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