深夜のブルクミュラー

 

七輪で焼いて食べる焼肉

 

 金沢の妻の実家には電子ピアノがある。両親共にピアノを弾かないが、うちの子供たちが夏休みなどに滞在したときに退屈しないようにと、買ってもらったのだ。僕も金沢滞在中、暇があれば(基本的に食って寝る意外はすることがないので常に暇なのであるが)そのヤマハ・クラビノーバを弾いていた。

 金沢最後の夜、義父母、妹夫婦一家と、恒例の会食をした。いつものように焼肉レストランである。今回は、いつもの、歩いて一分の店とは違うらしい。

五時半に仕事を終えた義理の妹のダンナ、カツミさんが現れる。その後に妹チコちゃんが十八歳と十六歳のふたりの息子と一緒に、山ひとつ向こうの別所から到着した。両親と甥のヒロは妹の車でレストランに向かい、カツミさんと甥のカッチと僕は十五分ほどブラブラと歩いてレストランへ向かう。カッチと道々話をする。

十八歳になるカッチは今年高校を卒業、四月から小松の会社で働くことになっている。就職が決まった後、自動車学校に通い、前日最後の筆記試験に合格して免許を貰ったばかり。明日車が来るとのこと。卒業よりも、就職よりも、車に乗れることがとても嬉しそう。彼にはガールフレンドがいる。携帯に入っている写真を見せてもらったが、なかなか可愛い娘。でも、百八十六センチの彼は、恋人と身長差が三十センチ以上あるのが悩みという。

焼肉レストランで七人が向かい合って座る。しかし、ここのレストラン、立派な換気扇はあるものの、ガスがない。間もなく、店のお姉さんが、熾した炭を入れた七輪を持って登場。その上に網が乗っている。注文係の甥っ子ふたりが次々と肉や野菜を注文し、義父と義弟と僕は生ビールを注文。

網が焦げ付いて来るので、お姉さんが網を取替えにくるのだが、そのとき、素手で網に触れるのだ。甥っ子のひとりが網に触って、

「全然熱くない。」

と言った。上に乗っている肉はジュージュー焼けているのに。不思議な素材である。

 九時を過ぎ、カツミさんはビールのジョッギを四杯空け、僕と義父も三杯は空け、三人は良い気分に酔っ払い店を出た。義父母の家に戻った後、義母が果物を出し、義弟と僕はウィスキーのグラスを前にしていた。

 ピアノを開けて、「ロングバケーション・セナのテーマ」を披露する。酔っ払っているので間違いだらけだが、一応聴衆の皆さんから拍手をいただく。僕がピアノを離れると、義弟がピアノの前に座り「ネコふんじゃった」を弾き出した。その後、妹が突然というかたちで、ブルクミュラーの曲を弾き出した。それが結構音楽になっているである。

「そうか、チコちゃんもピアノ習ってたんだ。最近弾いているの。」

と聞くと、実に三十年ぶりに弾いているという。彼女が覚えているというより、指が覚えているのである。僕は自分の東海道本線の駅名暗唱を思い出した。小さいときに繰り返したことは、幾つになっても、忘れないものなのだ。

「ネコふんじゃった」を演奏し、拍手喝采を浴びる義弟。

 

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