マルメーからイスタードへ

 

  

イスタード駅と、駅の裏の港から出ているデンマーク行きのフェリー

 

金を換えた後、空港の外に出る。気温はロンドンよりもかなり低いようだが、風がないうえ太陽が照っているので、寒くは感じない。インフォメーションで教えられたマルメー行きのバスに乗る。バスは間もなく空港を離れた。道が国道と合流する所で、左がイスタド、右がマルメーと書いた標識が見えた。バスはもちろん右へ曲がる。「本当はあっちに行きたかったのに」とうらめしく思いながら、僕はその標識を見送った。

 

バスは三十五分でマルメーの中央駅に着いた。

 

マルメーもクルト・ヴァランダーゆかりの土地だ。「ヴァランダー最初の事件」によると、彼はこの町で生まれ育ち、警察官の職に就いた後も、数年間この町の警察署に勤務していたことになっている。彼が胸を刺され瀕死の重傷を負ったのもその時だ。ヴァランダーはこの町でモナと知り合い、彼女と結婚し娘リンダを設け、その後、イスタードに転勤した。後にモナとは離婚することになるのだが。

 

また、「帰ってきたダンス教師」で、父親の仇の元ナチス将校を殺害したアーロン・シルバーシュタインがこの町に来ている。そして、テレビのニュースで自分が他の殺人事件の犯人としても指名手配されていることを知る。確か駅の近くの安レストランだったはず。その後、アーロンは自らの濡れ衣を晴らすため、また殺人現場へと戻って行くのだ。

 

イスタード行の電車はスウェーデン国鉄ではなく、スコーネ交通と呼ばれる別の線だ。薄紫色の二両連結の電車が、国鉄の長いプラットフォームの横の、短いプラットフォームから出ている。電車は十一時十五分発、イスタード経由、シムリスハム行き。

 

スウェーデン最南部のこの辺りは、スコーネ地方(Skåne)と呼ばれている。「A」の上に「O」のついている母音は、かなり硬い「オー」という発音だ。スコーネ地方はスウェーデン随一の穀倉地帯であるとのこと。飛行機の上からは平らに見えたが、地面は結構波打っている。電車の窓には畑と森が交互に現れる。広い土地に家がポツンポツンと立っており、木に囲まれた家は富山県砺波平野の散居村を思い起こさせる。所々に何基かの風力発電の風車が見えるが、風がないのでどれも、「今日はお休みですな」と語らうように、手持ち無沙汰に立っている。鳥が池の凍っていない場所の周りに集まっている。

 

車窓から海が見え始め、十二時ちょうどにイスタードに着いた。遂にやってきたぞ、という感じで、思わず顔がほころぶ。自分でもよくやるなと思う。

 

電車を降りる。相変わらず天気は良く、太陽が眩しい。駅の裏は港で、その向こうはバルト海だ。町は思ったよりこじんまりした感じ。ヴァランダーシリーズでは合計二十一人の殺人事件の犠牲者が出るのだが、こんな小さな町でそんなに沢山の人が殺されたら、無茶苦茶大変なことだっただろう。町の地図はイスタード観光協会に送ってもらっていた。その地図を見ながら、僕はホテルに向かって歩き出した。駅前の通りの角を曲がると、「ホテル・コンチネンタル」と「フォッフォのピザ屋」があった。このホテルとピザ屋はどの物語にも必ず出てくる。僕はいきなり旧知の人から出迎えを受けたような気がした。

 

     

ホテルコンチネンタルと、そのすぐ横のフォッフォのピザ屋

 

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