ヴァランダーの父親の村

 

    

レーデルップの入り口と、ヴァランダーの父親の住んでいたと思しき家。

 

午後二時頃、霧の中をまたイスタドに戻った。イスタドに着く頃に、霧は少し晴れてきた。まだ、夕暮れまでには二、三時間ある。僕は、ヴァランダーの父親の住んでいた(ことになっている)村、レーデルップを訪れてみることにした。再び車に乗ると、イスタドからマルメーとは反対の、東の方へ向かって走り出す。

 

ヴァランダーの父親は、ユニークな登場人物が多いシリーズの中でも、特にユニークな人物だ。彼は売れない画家で、人里離れた村に住み、何十年も同じ題材の絵を描いている。海に沈む夕日の絵だ。厳密に言うと、彼の絵には二パターンあって、「オオライチョウ」が描かれているのと、描かれていないのがある。彼は自尊心と好奇心の強い人物だ。エジプトでピラミッドによじ登ろうとして逮捕されるが、罰金を払うのを拒否して留置場に入れられてしまう。晩年アルツハイマーを患い、時々精神錯乱を起こす。しかし、七十歳を越えて、二十歳年下のイェルトルードと再婚するのだ。

 

ヴァランダーが警察官なる決意を伝えた時、父親は激怒し、それからふたりの関係はおかしくなる。後年、ふたりの関係は徐々にではあるが修復され、父親念願のイタリア旅行にふたりで出かける。これからまた普通の関係に戻れるとヴァランダーが期待した矢先に、父親は亡くなる。(第六作、「五人目の女」)

 

レーデルップは確かに何もないところだった。畑が広がり、その中にポツンポツンと家が立つだけ。道行く人も無い。車で走っていても、何キロも他の車とすれ違わない。父親は昔の農家を改造した家に住んでいたはずだ。道の脇にそれとそっくりの家があった。

 

レーデルップから、海岸へ向かい、ハイェスタッド自然保護区に向かう。自然保護地区は「真夏の殺人」で三人の若者が夏至祭を仮装で祝っていた場所だ。そして、その途中に何者かに殺される。白い砂と林。夏の間は確かに素敵な場所に違いない。今日は、誰もいない。誰にも会わない。砂は白いが、海は冬の鉛色。風も強い。霧とも雨ともつかない細かい水滴が顔に当たる。

 

荒涼とした風景を再びイスタドへ向かって走る。「誤りの捜査方針」で元法務大臣、グスタフ・ヴェターステッドが殺された別荘地の海岸、イスタド・サンズコグへ着く。そろそろ夕闇が迫ってきた。海岸には冬の間使われないボートが伏せてある。ヴェターステッドは殺された後、伏せたボートの下に置かれていた。頭の皮をはがれて。自分がインディアンの酋長ジェロニモの生まれ変わりだと信じる、十四歳少年による犯行だった。

 

イスタドの街に戻り、車を置き、中央広場にある本屋へ入る。ヴァランダーはここでしばしば本を注文するが、いつも取りに行くのを忘れてしまう。僕は、そこでスウェーデン語・英語のポケット辞書と、「顔の無い殺人者」のオリジナルスウェーデン語版を買った。

 

ホテルに戻り、絵葉書を五枚書き、妻とアメリカの友人に電話をする。妻には、明日の土曜日、予定通りマルメーからロンドンに戻ると妻に伝える。夜の飛行機だから、家に戻るのは真夜中過ぎだと。その時は、そうなるものと信じていた。

 

    

自然保護区。海岸にはボートが伏せられていた。

 

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