再びイスタードからマルメーへ

 

    

静まり返った湖と、同じく静まり返ったフォルスイェの街

 

 イスタードから北へ向かう。真っ直ぐな道の両側に、陰鬱な天気の下、陰鬱な森が続く。マンケルの小説には、人気のない道路を車で走るという場面がよく登場するが、本当にスウェーデンの道路には車が少ない。「帰ってきたダンス教師」で、主人公のステファンが(この作品だけ唯一ヴァランダーが登場しない)が、何時間も車を走らせ、全然他の車に出会わないというシーンを思い出した。

 

 午前中に、フォルスイェと言う小さな町と、クラーゲンホルム湖を訪れる。「五人目の女で」の犯人が、ひとりの男を大きなオーブンの中に閉じ込めたのがフォルスイェ、もうひとりの男を袋詰めにして湖に投げ込み、水死させたのがこの湖だ。犯人は、その前に、元自動車セールスマンを、堀に突き落とし、そこに仕掛けておいた鋭い竹で刺し殺している。それは、女性を虐待した過去を持つ男たちに対する私的な復讐だった。

 

ヴァランダーのシリーズの中に、司法で裁かれなかった者たちに私的に復讐するというパターンがよく登場する。性的な暴行を受け精神病院に収容された姉の為に復讐を誓う、十四歳の少年。(「誤りの捜査方針」)「防火壁」で、ふたりの少女がタクシーの運転手を殺害するのも、「帰ってきたダンス教師」で、アーロンが父の仇のモリンを殺害し、死体とタンゴを踊るのも、復讐だ。ある人間が過去に重大な罪を犯しながら司法により裁かれていないからと言って、その人間を殺すことが正当化されるわけではない。しかし、事件が解決され、犯人が捕まった後、読後感は複雑で、少し空しいなものになる。でも、それがこのシリーズの魅力のひとつなのかも。

 

フォルスイェは、何の変哲もないスウェーデンの田舎町だった。街外れの空き地で、馬を調教している若い女性に出会った。クラーゲンホルム湖のみならず、イスタード近郊の凍った湖は、あくまで静けさが支配していた。しばし静寂の世界に佇んでいるのは、悪い気分ではない。マンケルのファンでも、ここまで来た人間はそれほどいないだろう、日本人では絶対初めて。良くやったと、自分で自分を少し褒めた。

 

昼前に、イスタードの直ぐ近くにあるニーブロ海岸へ。「白い雌ライオン」でヴァランダーが、深い霧の中でふたりのロシア人を追い、その一人を射殺した場所だ。彼はそのあと一年半の間、そのトラウマにより、うつ病になり仕事を離れる。海から吹き付ける冷たく、登山用のアノラック、ジーンズの下にはタイツの完全武装だが、まだ寒い。近くでサッカーの練習をしている若者も、皆、長ズボンに、手袋をはめていた。

 

イスタードの街に戻り、昼食。土曜日の三時を過ぎ、店が一斉に閉まり、街は急激に静かになる。四時に車を返却し、五時十分発のマルメー行き電車に乗る。マルメーの駅で空港バスを探すが、何故か土曜日の夕方にはバスがない。それで、タクシーに乗る。タクシーの運転手と話す。ラリと言う名の運転手は、アメリカ嫌い、船乗りとして日本へ来たことあり、日本贔屓だった。空は晴れてきて、天の川が見える。空港で支払いのとき、残ったスウェーデンの小銭を全部ラリにあげた。これで、僕の旅は楽しく旅を終わるはずだった。

 

     

土曜日の午後三時を過ぎると、イスタードの街も急に静かになる。

 

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