メタボと豚インフル

 

巨大な卵。僕を関空まで運んでくれたKLMのジャンボ機。

 

 日本のマスコミは突然一斉にある事象に対する呼び方を変えることがある。古くは「リーガン大統領」がある日から突然「レーガン大統領」になったり、「肥満」が一斉に「メタボ」と呼ばれるようになったり。ともかく、英国でも日本でも新型インフルエンザの発生を告げていた。最初数週間「豚インフル」と呼ばれていたようだが、四月二十九日僕が飛行機に乗る頃には、何故か新聞上で「新型インフルエンザ」と呼ばれるようになっていた。

四月に入り、フランスで新規事業の立ち上げがあり、早朝のサポート、休日出勤や残業で、少々疲れが溜まっていた。出発の前々日から風邪気味。前夜は風呂に入ってから休んだが、出発当日も少し寒気がする。健康に少々不安を残した出発となった。飛行機の中で風邪が悪化しないことを願うばかり。豚インフルじゃないかと疑われたら大変だ。

二十九日、午前八時前に妻のマユミの運転でヒースロー空港に向かう。早く着きすぎて、出発まで三時間近くある。まず娘のミドリに絵手紙を書く。その後、義理の弟のためにスコッチウィスキーを買う。免税店でいくつかの銘柄を次々に試飲していくうちに、少し酔ってしまう。朝の酒は回る〜。

義弟とは数日前に電話で話をしていた。他の旅行記にもう何度も書いているが、妻の妹チエミは、金沢市内から一山越えた別所という部落に嫁いでいる。そこは竹林で有名、四月から五月にかけてタケノコが出る。妹の婚家、高野家はその間、タケノコを料理店となるのだ。タイミング良く、今回僕の一時帰国中はタケノコの最盛期。まだ掘っているのを見たことのない僕は、義弟に電話をし、タケノコ掘りに連れて行ってくれるよう頼んだ。

「毎日掘ってるし、いつでもいいよ。朝五時に来てくれればの話やけどね。」

と義弟は言った。

十一時四十五分発のオランダ航空アムステルダム行きに乗る。昼間の時間なのに混んでいる。スキポール空港で、二時間ほど待つ。前日オフィスを出るとき、上司のアンディに、

「明日はアムステルダム経由だ。」

と告げる。彼はニヤリとして、

「勝手の分かった空港で良かったね。もう慣れたもんだろう。」

と言った。彼と一緒に何回、いや何十回アムステルダムへ出張をし、この空港で時間を過ごしたことか。

十五時より大阪行の搭乗開始。久々のジャンボ機だ。非常口の前で足元に空間のある「最高の席」を指定していたはずが、三列並んだ普通の席の窓際、先が思いやられる。こうなると閉所恐怖症の僕の頼りは精神安定剤だけ。本を読むのも目が疲れるし、音楽を聴くのにもCDプレーヤーを出さなくてはいけないし、ひたすら目を閉じて眠るように努める。  

飛行機の中で「豚インフル」の問診表が配られ、記入させられる。午前九時に関西空港に着陸。奇跡的に寒気は収まり、気分も良くなっている。問診にも、体温を測るカメラにも引っかからず、無事外に出られた。やれやれ。

 

京都へ。日本の高速道路は防音壁で全然景色が見えない。走っていて退屈。

 

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