翌朝スッキリ睡眠薬

狸がメチャ可愛い八ツ橋屋さん。 

 

 十数時間に及ぶ飛行機の旅とともに、日本への一時帰国の際の最大の問題が「時差ボケ」。若い頃は三日もあれば身体が現地時間に慣れたものだが、年齢が進むに連れて、身体の順応力、調整能力が落ちるせいか、時差ボケが一週間、下手すれば十日に及ぶようになってきた。二週間の日本滞在で、十日間ボケているというのはいただけない。夜眠れず、変な時間に眠くなるのはまずい。それで、最近は到着後数日間、リズムを作るために、睡眠薬を飲むことにしている。

関西空港から、数日前に頼んでおいたMKタクシー、スカイシャトルサービスで京都へ向かう。他に三組の夫婦が乗っている。他の客を順番に降ろして僕が最後だ。その間京都の街のあちこちを走る、普段は滅多に行かないような場所を通り、その変貌振りを目にするのは楽しい。

昼前に京都着。母の家と父の家を順に訪れる。継母は数日前に階段を踏み外して足首をくじいていたが、何とか自転車に乗れるほどに快復していた。父は顔も少し丸くなり、血色も良くなったよう。父に付き合って郵便局まで歩く。父は古い切手を葉書と交換していた。父の歩くスピードは昨年より遅くなっている。近所の人に会うと「お帰り、偉いね」というコメントをもらってしまう。常にやっているわけではないので、素直に喜べない。

その夜は父に貰った睡眠薬を飲んで眠る。悪夢の連続でうなされる。目を覚ましたらまだ十二時前。三時まで起きていて、六時過ぎまでまた眠る。起き上がると、足元がふらつき、口が渇き、少し吐き気がする。朝食後また眠る。どうも父の睡眠薬はきつすぎるようだ。

医者へ行って、もう少し軽い睡眠薬を貰いたい。しかし、日本の健康保険証がない。僕は少し考えた後、高校の同級生のD君が岡崎で開業医をしていることを思い出した。彼に頼もう。D医院に電話を架け、診察時間を確認した後。鴨川に沿って自転車で岡崎に向かう。途中道に迷い、川端警察署で道を聞く。D医院の待合室は混んでいた。待っている患者さんのほとんどがマスクをしている。これも「新型インフルエンザ」のせいだろうか。診察室に呼ばれD君に会う。彼も大きなマスクをしていて、顔が全然分からない。

「久しぶり、どうしたん。」

と彼はマスクの向こうから僕に訪ねる。事情を説明すると、彼は、

「良い睡眠導入剤がある。これなら後に残らず、寝覚めスッキリ。」

と言った。その薬を二週間分出してもらう。

D医院の前からイズミに電話。論文が忙しく九日まで時間がとれないという。彼女とは九日に会う約束をする。体を動かすと時差ぼけ調整によいので、京都でいつも行っていたプールの前を通る。閉鎖されていた。

その夜D君にもらった薬を飲んで寝た。また悪夢。朝起きると吐き気がして、足元がふらつく。「どこが翌朝気分爽快、後に残らない薬やねん」と思う。しかし、それだけ睡眠薬に対する耐性が少ないのかも知れない。朝食の後、また横になって少し眠る。短い夢を次から次へと見た。

京都御所の中を通ると近道だけど、砂利敷きなので自転車では走りにくい。

 

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