城廻り

 

 いつも福岡から新大阪までノンストップで帰っているので、今回は朝早く福岡を出て、途中にどこかへ寄って、夕方遅くに京都に着く計画でいた。最初、尾道に立ち寄ることを考えた。尾道を舞台にした映画を何本も見て、一度は訪れたいと思っていた。大森宣彦監督の「転校生」なんて、大好きだった。しかし、新幹線の「新尾道」は市内からちょっと離れていて、足場が悪い。結局、駅の直ぐ近くに名所のある、福山と姫路で途中下車することに決めた。

 博多駅から新幹線、「レールスター」新大阪行きに乗る。小倉から、四人が乗ってきた。グレーの背広を着た白髪の中年の男性。若い頃の夏木勲に似た黒い背広を着た三十歳前後の男性、それと坊主頭で長身のふたりの若者だ。中年の男性が、四人が向かい合わせに座れるよう、座席を回転させようとしている。しかし、やり方が分からないらしい。空いた車両で前の座席を回転させ、足を投げ出せる「楽チン」態勢を作るのはお手の物。僕は彼に、座席の回転の仕方を教えてあげた。その時、ふと、夏木勲とふたりの若者の足元を見る。三人は紐で繋がれている。囚人護送。背広のふたりは刑務官。若いふたりは刑務所又は少年院の住人なのだ。僕は囚人の護送と言うのは、車を使うのだと思っていたが、公共交通機関も使うのだと、その時初めて知った。

 福山で降りる。いつも福山を通るとき、新幹線の窓から、白くてきれいな城が見えていた。一度、その城を訪れたいと思っていた。駅の直ぐ前、道を渡るともう城だ。天守閣は、復元されたものだと言う。石段を上がり、門をくぐって、城の中に入ってみる。そこは、おそろしいくらい誰もいない場所だった。労務者風のおっちゃんが、ベンチの上で昼寝をしている。辺りにはそのおっちゃんと僕だけ。城内は良く整備されているのだが、余りにも人気のないので、何だが不気味だ。城の周りを四、五十分歩いてまた駅に戻り、今度は「こだま」で次の目的地、姫路へと向かう。

 福山駅にやって来た「こだま」を見て、僕は感激してしまった。ゼロ系の列車だったのだ。新幹線ゼロ系と言うのは、一九六四年、新幹線が「夢の超特急」の名を頂いて開業したときに最初に走った車両だ。それから、新しい車両が次々と導入されてきた中、最古のゼロ系はまだ存命だった。僕は懐かしくなり、写真を撮った。車内に入ると、「ビフエ」(当時は「ビュッフェ」と誰も言えなかった)は談話室になっていた。

 姫路で下車し、十五分ほど歩いて、城に着く。道すがら、オーストリアから来たというアジア系の親子と話をする。特に、父親の方が僕に興味を持って、色々と質問してくる。英語の話せる同じアジア人と言うことで、親近感を持ってくれたのかな。

姫路城。何時見ても、本当に優雅で美しい城だ。何枚か写真を撮る。城の中へ入ろうかなと思う。しかし、「怠惰な旅行者」である僕のエネルギーはもう切れかけていた。カラータイマーは点滅している。しばらく城の前の公園のベンチに寝転がり、黄砂で少し黄色い青空を眺めていた。その後、僕はまた姫路駅に向かい、京都へ向かう新幹線に乗った。 

 

 

鰹のタタキ

 

京都へ着いた後、僕は疲れていた。肉体的にと言うより、精神的に。

福岡での姪と婚約者との話も、結構気を遣うものだったし、その日の夜、姉夫婦を交えて話をするのも、楽しい話題ではないだけ、気疲れするものだった。日曜日の一日姪のお相手も、傷心の彼女に気を遣うのに、正直言って疲れた。京都では、父や母に報告せねばならない。事実だけを、私見を交えずに事実をありのままに伝えようとすればするほど、これも結構頭を使わねばならなかった。

福岡から帰った翌日は、正直、さすがに誰とも話をしたくない気分だった。幸い、母は外出、父は無口な人なので、そんな気分の時、一緒にいる相手としてはちょうど良い。

昼にプールへ行って、その後、妻と娘たちの土産を買いに行った。主に、目方のない食料だ。あられとか、菓子類とか、乾物とか。

家に戻ると、父が、

「高知の青木さんから鰹のタタキが届いている。」

と言う。高知の青木さんと言うのは、飛行機の中、モンゴル上空で手紙を書いたヨーコだ。

「お父ちゃん、それを言うなら、鰹節やろ。鰹のタタキてなものが荷物で送れるかいな。」

と思い、冷凍庫の中の箱を開けると、本当に鰹のタタキが入っていた。僕は箱を慌ててまた冷凍庫に戻した。

 

 

蒸気機関車館

 

 翌朝は、数日前のように朝から雨だった。午前中は、また母の「パソコン質問タイム」に付き合って過ごす。昼前に雨が上がったので、京都駅の近くの「梅小路蒸気機関車館」に行ってみようと、家を出た。もちろん歩きだ。

 千本通りを南へ向かって歩く。途中、千本中立売で、水上勉の小説で有名な「五番町」へ行ってみる。かつての遊郭も今は普通の家が軒を連ねていた。

歩いていると、また色々な発見がある。千本通りがかつての平安京の中心朱雀大路とほぼ一致することや、千本丸太町の交差点に大極殿があったことなど。

 日本にいる間はいつも朝夕の二食しか食べない。時差ぼけと、ご馳走攻めで、昼食を抜かしてちょうどよいくらいなのだ。しかし、その日は違った、四条大宮を通過したのが家を出てから一時間後、頭がボウッとしてきて、身体に力が入らなくなってきた。山登りで言う「シャリばて」、低血糖状態だ。太陽が照りだし、気温が上がり、おまけに雨上がりで湿度も高い。

 四条大宮で、ラーメン屋に入り、ラーメンを食べる。こってりしたスープで美味しかった。家を出てから、ちょうど一時間半後、梅小路公園に着いた。

これまで自分の書いてきた文章を読み返して、鉄道に関する記述が多いのに自分でも驚く。これは単にJRで旅をしているからだけではないようだ。自分では気が付かないけれど、僕って結構「鉄道オタク」なのかも。じゃなければ、今日も「蒸気機関車館」に来ようなどと思わないもの。

 旧二条駅の建物を通り抜け、転車台を中心に扇方に建てられた車庫と、その中に並ぶ二十台近くの蒸気機関車を見る。驚いたことに、ここに展示されている蒸気機関車の何台かは「動態保存」つまり、何時でも走れる状態なのだ。何台かの機関車が、分解修理中だった。

場内は驚くほど空いていて、七、八人の客があるだけ。職員のひとりに、

「いつもこんな空いているんですか。」

と思わず聞いてみる。

「今日は朝から雨やったからな。ゴールデンウィークの五月四日は四千百人入場者があって、新記録やった。」

とのこと。

 男女カップルの外人さんと目が合ったので、「ハーイ」と言い交わす。彼ら、米国はミネソタから来た父娘で、お父さんは自分のことを「鉄道オタク」だと言った。

「へーえ、お父さんだったんですか。お若く見えるので、ボーフレンド、ガールフレンドかと思っちゃいました。」

僕は言った。正直な感想だったのだが、お父さんは盛んに照れていた。  

 その時、三時半から、SL試乗があるというアナウンスがあった。機関車が二両の客車を引っ張って、引込み線を五百メートルバックして、五百メートル戻ってくると言う。その後、機関車は転車台で回転し、給炭、給水をして、車庫に入れられると言う。試乗料金は二百円。

 アナウンスの内容をミネソタのふたりに英語で説明する。三人で乗り場に向かう。

「ジャパンレイルパスを見せたら、只で乗れるかも。」

と僕は冗談を言った。機関車の周辺では、係員が発車準備をしていた。何せ、蒸気機関車は、発車の二時間前から、湯を沸かしたり、準備をしなければいけないのだ。

 ミネソタ父ちゃんが、係員のひとりが鉄の棒を持って機関車の中を突いているのを見て、

「あれ、何してるの。」

と僕に聞く。聞かれたって分からない。先ほど話した職員に同じ質問を日本語で聞く。

「ありゃ、固まった石炭をほぐしてるんや。」

その答えをまた米国人に英語で伝える。

「あんたみたいに英語が達者な人、わしゃ羨ましいわ。」

それだけのことで、職員さんから、お褒めの言葉をいただいた。

 往復五百メートルずつのSL試乗は結構面白かった。梅小路公園を散歩しに来た家族連れが手を振ってくれるので、こちらも手を振り返す。「ビョーッ」と言う、蒸気機関車独特の警笛も懐かしかった。

 四時半にイズミと待ち合わせをしていたので、僕は四時に梅小路公園を出た。

 

 

イギリスへ行こうかしら

 

 四時半に、幼馴染のイズミに指定された「西大路六角東南角、セブンイレブン前」に到着する。間もなくオレンジ色のTシャツを着た彼女が登場。一昨日姪のカサネが着ていたピンクのTシャツを思い出す。その日は、イズミの姉のサクラさんの家で夕食を食べることになっていた。まだ少し早いので、近くの喫茶店に入る。向かい合って座ると、イズミが、僕の目の上に何やら黒いものが付いていると言って、ハンカチで取ってくれた。それは、蒸気機関車の石炭のススだった。SL試乗の時、いちびって、ちょっと身を乗り出しすぎたようだ。

 六時ごろにサクラ姉さんのお宅へ行く。娘のマヤちゃんが学校から戻る。彼女は雰囲気が、僕の末娘のスミレに驚くほど似ている。マヤちゃんの中間テストは終わっていたが、イズミの上の娘さんが、まだ中間テストの最中。試験中は、お母さんは家にいた方が良いというサクラ姉さんの提案で、結局イズミの家で夕飯を食べることになった。(電話をしたら、気を遣ってもらったイズミの娘、ユメちゃんは、学校から帰ってずっと眠っていたらしい。)

 桂のイズミの家で、女の子二人と一緒に、賑やかな夕食が始まる。サクラ姉さんは昔一度英国に住んでおられたが、

「今年の夏、マヤを連れて、また英国に行こうかしら。ここらで、気分転換に良いかもね。」

と言う話になっていた。それで具体的に何時が良いとか、どこが良いとか、飛行機はどこが安いとかの話になる。旅行の計画を立てるのは結構楽しいものだ。八月の中旬、お盆過ぎに彼女が英国に来るということで、話がまとまった。スミレとマヤちゃんは同い歳。ふたりとも楽しいだろう。

 食事をしていると、部活が終わった下の娘、ツキちゃんが帰宅、その後十時過ぎにご主人も帰って来られて、また話しに花が咲く。明日まだテストのあるはずのユメちゃんまでが話しに加わっている。大丈夫かいな。勉強せんで。

 イズミに送ってもらい、実家に着いたのは十一時四十五分。しかも、下の娘さんまで一緒に付いて来てくれた。

「明日学校やろ。寝んでええの。」

と聞くと、

「ええねん。いつも十二前には寝えへんし。」

という返事。うちのスミレはいつも九時半には寝てるんだけど。

家に入ると、いつも睡眠剤を飲んで寝る父の鼾が、隣の部屋で聞こえた。

 

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