地獄八景亡者戯聞き比べ − しょうずかの婆のその後(一)

 

 一行は三途の川の畔までやってきます。若旦那の心配していた、亡者の着物を剥ぎ取って柳の木に掛けるという「しょうずかの婆さん」またの名を「脱衣婆」(だつえば)がいるはず。でも、どこにも見当たりません。「今日はお婆さんお休みやろか。」近くに茶店がありましたので、その理由を聞いて見ることにしました。ちなみにこの茶店、枝雀説では、チェーン店で、地獄極楽合わせて、目標四百三十七店の、三百六十五店目のお店とのこと。

茶店の娘さんの話によりますと、文明開化、あるいは戦後の民主化の影響で、あるいはGHQの通達で、亡者の着物を剥ぎ取るというような前時代的な風習は廃止になり、しょうずかの婆さんは失業してしまったと言うことです。その後、失業した婆さんがどうなったかについては、諸説があります。ここで大切なことは、お婆さんとは言うものの、それは役職の名前で、本当はそんな年寄りではなく、まだ「あだな年増」なのです。しかし、「あだな年増」って何歳くらいを指すのでしょうね。三十代、いやちょっと若すぎる、多分四十代、まさか五十代ではないでしょうね。さてその、諸説のご紹介です。

 

米朝説:失業保険で暮らしていたが、いよいよ苦しくなり閻魔大王(えんまだいおう)に相談に行った。閻魔も相談を受けているうちにだんだんと婆さんに情が移ってしまい、婆さんを二号にしてしまった。婆さんは何か商売がしたいと閻魔にねだり、小さなバー「バー・ババア」を開く。そこへアルバイトに来ていた学生アルバイトの赤鬼が「鬼前の良い赤い衆」で(娑婆、つまりこの世で言うところの男前の良い若い衆)彼と浮気をしてしまう。それが閻魔にばれて、ふたりは地獄を追放になる。赤鬼は雷の五郎八の夕立の水汲みに雇われるが、なれぬ力仕事で身体を壊す。お婆さんは医者代、薬代に困り、ついに自分の体を売る。しかし、娑婆から来た亡者に悪い病気を貰い、身体はガタガタとなり、ついに六道の辻で「のたれ生き」(娑婆で言う、のたれ死に)をしてしまう。お婆さんは、娑婆で、今までの罪滅ぼしにと、四国で遍路をした後、また冥土に戻り、「わが半生記を語る」を「週間地獄」に連載。それが好評を得る。連載を一冊の本にまとめたのがベストセラーになり、今は時の人として講演活動などで活躍中。

 

枝雀説:枝雀さんは、時間の都合か、婆さんには冷たく、詳しい記述なし。しかし、茶店の娘さんは、お婆さんの孫の孫の孫の・・・十三代目の子供らしい。

 

文珍説:大部分は米朝説と同じ。違いとして挙げるならば、失業したお婆さんは「ハローワーク」に通っていた。お婆さんが半生記を連載した週刊誌が「死ンデー毎日」になっている。またお婆さんは「出会い系のサイト」で客を取っていた。

 

文我説:無職になったお婆さんたちが「婆労働組合」を結成、「親婆株」というものを作り、恩給をもらうようになった。

 

「目標、四百三十七て〜ん!」と言うのはどこのCMでしたっけ。どうしても思い出せません。ご存知の方、ご連絡いただければ幸いです。また文我の言う、「親婆株」というのは何のパロディーなのでしょうね。相撲の「親方株」?あれは「年寄株」でしょ。

 

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